コラムもくじ▲  


その1-大衆を愚弄した油ヅケ偽物の大トロは許せん

その2-川辺川ダムをめぐる漁業権の強制収用への疑問

 

巻頭column  更新時適宜掲載

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WEBサイトMANAしんぶん

謹賀新年

2002年午の年が明けました。本年もよろしくお願い致します。

 東京新聞「味探検」街道シリーズは、連載6年目に入り、中仙道・日光御成道沿いに埼玉県中央部の街に、味と味を作り出す人がおりなすミニストーリーをブラリブラリと歩くスピードで訪ねながら取材を続けていくつもりです。

 さて念頭にあたりまして二つのゴタクを述べさせてくださいませ。

 

2―その1

大衆を愚弄した調味油ヅケの偽物の大トロは許せんぞ!!

2―その2

熊本県川辺川ダム建設をめぐる漁業権の強制収用への疑問

 

 狂牛病の問題は、食にとっての警告であり、いたずらに贅をこらした美食追求の方向に鉄槌を与えた事件だと思います。食を日常的に取材しているものにとってショックですませられるものではなく、それぞれの食に臨んで考える姿勢を問われているような気がします。年末から念頭にかけて、考えたことは、美食追求と低価格食指向に潜む相関があるのではということです。

 

大衆を愚弄した調味油ヅケの偽物の大トロは許せんぞ!!

 

 一例をあげると、回転ずしブームの背景に食材への冒涜が感じられることです。昨年後半、味探検で紹介をしたある新宿の回転ずし店を1ヶ月に1度ずつ訪ねて、そこで評判になっていた本マグロの赤身と中トロを食べ続けてみました。紹介した当初の高級なよいマグロを安く食べてもらおうという店主の姿勢に感銘を受けたことがあったのに、半年後に訪ねたときには、その感銘はみごとに裏切られました。本マグロこそちゃんと扱っていましたが、価格に相応する品質が落ち、店内の雰囲気もあれて、当初の意気込みは、人気店にのし上がったある驕りに変質していました。

 もうひとつ私が住む中野周辺の回転ずし店を食べ歩いていて気付きました。どの店もネタの中心にマグロをおいていましたが、ある1軒を除いて、すべての店で、マグロにリノール酸系(詳しくは調べていないから不明だが)の油脂を塗ったり、ひどい店になるとビンチョウマグロやキハダマグロのハラミの部分を明らかに油に漬けこんだとしか思えない手を加えて、呼称では赤身が“中トロ”になり、ただの若魚や昔は油がないので缶詰に向いていたビンチョウの白っぽい腹身が“大トロ”に化けていました。

 それから、これは魚の消費や魚価についても考えて漁業現場を取材してきたものにとっては、魚の消費が増えるのはいいことだ、ということでは済まされない、食の堕落としか考えられない危険な兆候だと思います。

 私はマグロの中で一番おいしいと感じるのは、あえてあげればクロマグロやミナミマグロのいわゆるホンマグロの脂ののった赤身です。あの鮮血色というか一種独特の赤の色と身のやわらかな味わいがたまらなく好きなのです。

 そして、いち時期まではこのホンマグロの赤身は中トロと同様にとても高い商材だったのですが、最近こまめにスーパーの魚売場を回ると、このホンマグロの赤身が、メバチマグロのトロ系の値段よりずっと安く、100g1000円以下(500円ぐらいのものあります)で買うことができます。養殖のホンマグロの出まわりがこうさせていることもあるのでしょうが、赤身大好き人間にとっては、「こいつは掘り出し物だ」とばかりなんパックも買って、刺し身や余ったものはヅケや冷凍にして使えるだけありがたい話ですが、本当のところは困った問題を提起しているのです。

 消費者もいけないのですが、中間流通業者が、魚の価格や品質を自由競争をいいことに、その商材の本来の自然のままの価値を捻じ曲げて、「もうかればいい」「売れ筋だから」だけで商売をしすぎているのではないでしょうか。昔はこうだったというのは、もの書きとしてはご法度ですが、すくなくとも10年前ぐらいまでのマグロを扱う専門の問屋さんや、スーパーでも大物(マグロ類のこと)に強いバイアーさんは、買いつけと販売に誇りをもっていたように思います。

 すしは、もともと回転ずしであれ、一般のすし店であれ、魚貝という四季おりおりに漁獲される天然(まあ養殖もの程度までは容認できる)のままの素材を使ってこその日本の食文化の洗練された食の典型であったはずです。江戸時代の立ち食いずしのように大衆食、外食文化からスタートして、異常な高値のおかしなすし屋の風潮の批判をへて回転ずしが、大衆にむけての食として大きな注目と評価を与えてきたのですが、大衆を愚弄する調味脂ヅケの大トロをだすような競争の仕方をしていたのでは、きっとこの貴重な大衆文化も消費者から見向きもされなくなるのではないか、とふと思ったのでした。

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熊本県川辺川ダム建設をめぐる漁業権の強制収用ってどういうことなの?

海って誰のものだろう002ー本文メモと資料

熊本県・川辺川ダム漁業権の強制収用への疑問

 

 話題はかわりますが、「漁業権」「強制収用」という文字や言葉が一般の新聞やテレビで紹介されました。漁業権という専門的な法律の用語が、時の言葉になるだけでもびっくりしているのに、さらに強制収用などという言葉がでてきたのにはさらに驚きました。

 終戦直後の米軍の基地用地取得のときや、最近では成田空港建設のときに権力者と農民や市民とが対立して繰り広げられた用地確保のさいに使われた「強制収用」。このことばが、昨年末熊本県川辺川ダム建設をめぐり唐突に登場して来ました。

 国土交通省は、地元漁民や市民の反対に会いダム本体着工にかかれずにいた川辺川ダム建設の最後の切り札?としてなのか漁業権強制収用の方針を決定し、熊本県の収用委員会に強制収用裁決の申請をだしたのでした。

 新聞紙上でも、漁業権の強制収用が実行されると初めてのことになると報じられました。

 共同漁業権と水利用をフィールドに取材してきたものからすると、その暴挙にあぜんとするばかりです。公共事業の内容がチェックされ、ダムや河口堰や干拓の国が行う事業の見直しがされているとき、地元で工事着工賛成の総意を得られず反対にあっている工事を、話し合いの姿勢を建ちきる「強制」措置に出ようとするのか、まったく腑に落ちない決定でした。

 漁業権や海の利用と管理について取材を進めてきた私にとって、なぜこれまで漁業権の強制収用が一度も行われなかったのか、そもそも漁業権の強制収用とはどういうものなのかについて考えざるをえませんでした。

 私の先生である漁業法の神様と呼ばれた浜本幸生さんなら、この措置に面してどんな解釈をするのだろうかとふと思い、浜本漁業法の資料を引っ張り出して、漁業法制度と土地収用法、漁業権の権利の内容の変更や漁業補償について整理してみることにしました。

 それが、「海」サイトの「海って誰のものだろう」002「熊本県・川辺川ダム漁業権の強制収用への疑問――共同漁業権の土地収用法に基づく収用事例はこれまでなぜ一度もなかったのか」です。

 さいわい、私の友人で、先生でもある明治学院大学教授の熊本一規先生や、フリーライターの高橋ユリカさん、保屋野初子さんらにも協力をしてもらって、ご批判、激励をいただきながら、ともかくもHPで掲載しておこうという気持ちになりましたので、もし関心のある方がおられればご一読ください。

「海って誰のものだろう?」のテーマは、漁業権問題となって、昔は特殊なテーマに過ぎなかったのですが、一般社会経済のさまざまな様相となって現われてきています。私としては、この窮屈な時代に、人間の生き方として、所有と共有の間に位置付けられる「総有」「入会」「コモンズ」の世界に、なにか解決のヒントが隠されているような気がしているのです。

 食と漁業権、まったく関係のない世界の中にも、ぼくにとっては同じ感覚で動いていける考えても考えても尽きないテーマであります。

 

2002年の冒頭にあたってのゴタクに、ここまでお付き合いいただきましてありがとうございました。

 

2002年1月5日

MANAしんぶん 主催者“MANA”


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