巻頭column  更新時適宜掲載

 

秋刀魚焼く秋風が身にしみる季節になりました

 

photo by terukazu ito ,(c)2002-2004 

相変わらずページの更新もままならず、この半年ほど新しい記事をアップできずにキュウキュウとした毎日を過ごしております。MANAしんぶんのTOPページを見るたび、ああまだ、ぼくの仕事の遅れの状態は、目に青葉カツオの時のままなのだと、自己嫌悪に陥る今日この頃でありますので、せめて、写真ぐらいは、季節のものに切り替えることにしました。

 この写真は、前回のカツオの写真と同様に、僕が、千葉県酒造組合30周年記念誌「千葉の酒」(鈴木久仁直著・千葉県酒造組合編)の編集制作の仕事をしたとき、友人のカメラマン伊藤輝和さんが撮影し、四季の肴と酒をテーマにしたグラビアの秋編で使用したものです。我が家の庭に七輪に炭火を起こし、3時間ぐらいかけて撮影したので、秋刀魚は15本ぐらい焼きました。はじめは、煙を出ているカットにこだわったのですが、結局は、炎をガンガンを出して、真っ黒コゲになった秋刀魚のカットを採用しました。現実に秋刀魚を焼くときは、こんなに炎をだしたら真っ黒く焦げるばかりでせっかくの脂がみんな燃えてしまって身が固くなって台無しです。七輪の炭の遠赤外線の余熱でじっくり焼くのが当然ですが、食べ物を写真に取るときは、味はとりあえず度外視して、本や映像にしたときの見栄えを第一に、少し過剰気味に演出することはやむをえないのです。この時の秋刀魚は、みんな、焼きすぎておいしくなかったのですが、家族で2匹づつ割り当てで無駄にせずちゃんと平らげました。

 東京新聞で連載中の味探検は、中山道・日光街道・日光御成り街道を終えて、9月の終わりから国道246号沿いの味探しの巻に移りました。国道246号とは、皇居のお堀端にある国立劇場、国会議事堂脇の三宅坂が基点となっています。赤坂見附方面に歩くと、プリンスホテルの脇の国道よりの歩道橋の下あたりに「赤坂御門跡」記念碑が建てられています。赤坂見附は、四谷見附、牛込見附、虎の門と同様、外堀から江戸城内へと入る防禦の御門があったところです。江戸時代は、「赤坂御門」を基点とする道は、大山街道であり、相模川の水運で栄えた厚木を経ることから厚木街道とも呼ばれました。

 この道は、東海道が整備される以前、まだ箱根の関所が設けられる前には御殿場から足柄峠を越える矢倉沢往還と呼ばれた古東海道に当たります。中世の旅文学の更級日記や西行が東国と都とを往復した道でもありました。また、東海道のサブ街道として、中原往還とともに商業道として重要な役割を果たしてきた道でもあります。

 ぼくは、味探検街道シリーズで、東海道を日本橋から歩き、小田原で一区切りさせて、御殿場側から足柄峠を越えて、矢倉沢から松田、厚木から町田経由で、絹の道として江戸末期整備された「横浜道」を通り、鑓水峠を越えて八王子まで歩いたことがある。今回は、大山街道を赤坂見附から厚木に向かって歩こうというものです。首都圏の大方の旧街道を歩いてきましたが、川越街道とともに都心の大山街道を楽しみに残してきました。古東海道であり、江戸時代庶民の信仰道であった大山道沿いの赤坂、青山や渋谷、二子玉川などの新しい都市の姿ののなかに、どのように江戸時代の道や、町並み、人の息吹が残っているかを見たり、感じながら歩こうと思っています。

2002年10月3日

編集長“MANA”


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