浜に生きる 6
漁師・画家●貝井春治郎さん
海に生きる男の自画像
アンコウ、ブリ、カジキが暗雲に舞う。海上では、海の男たちが定置の網持ち作業に精をだす。100号の大作「漁雲」の大胆な構図。みるものを圧倒する色彩、ほとばしりでるような、このエネルギーはどこから生まれるのだろうか。
画家貝井春治郎さんは、福井県高浜町漁脇の組合員である。
海に面した漁具置き場の二階が、貝井さんのアトリエになっている。大敷網漁師の顔が、この部屋に入り制作に取り掛かりはじめると一変するのだという。
福井県はもとより、東京の画壇でも、漁師の魂を描いたエネルギッシュな画風が評価されて入選を重ねてきた。
「街の絵かきさんが海を描くのと、ほんまの漁師が漁師を描くんでは、内面が違うしな。街の絵かきさんでは、海を描いたって表面だけしか描けませんやろ。
漁師のかたちはだれでも描けます。しかし、ほんまの漁師のね、この…苦しみ、いろいろな生きざま、海の上の大漁の高鳴る気持ちは、街の絵かきさんにはわかりません」。
「カジキがね、ここの大敷網に9月から11月にかけて入る。シロカワカジキがかかる。そら、こいつが『カジキ漁』(1994年作)大漁の絵だよ」と、無造作に立て掛けてある作品を取り出して見せてくれた。
これも100号の大作。「僕の一番好きな作品でね」一人の漁師が太い腕とグローブのような手で大力ジキを引き上げている。
昭和9年生まれの貝井さんにとって、漁と絵は、表でもなければ裏でもない。
「僕は、自分の生活を描きたいんや。海が好きなんや。海が好きやから海を描く。それだけや」といって、「ほれ、みてみなはれ」と、両手をさしだす。
「定置で、巾着で、この手が、こう変形してしもうた。指にタコができて、関節が腫れてしまった。曲がらんのや。ご飯食べとっても箸がきちんとにぎれん。こうやって空いてしもうとるから、すとんと箸が落ちてしまう。60年漁師やっているとこういう手になる。医者にはもうあかんと、漁も絵も無理だよといわれるんだ。しかし、絵と漁師を俺からとったらどうなるんや。僕は、手が砕けても描くぞと、医者にいってやったよ」。
「漁雲」網とり 1994年
貝井さんは、昨年の12月から1日1枚のスケッチを描きはじめている。1年間365枚。
漁師の描いた高浜風景と心象をあつめて一冊の本ができるのだという。
「デッサンは、海が荒れた月など自転車に乗って浜にいって何枚も描く。描き始めたら手がとまらない」。2分ほどで、眼前の市場で働くおばさんのデッサンが1枚完成する。
すでに描きためられたスケッチブックには、時化た海を浜から眺める漁師、寒ブリの水揚げ、正月のタイなど、一枚一枚その日の出来事と貝井さんの心象が一瞬のデッサンにこめられている。東京の草思社という出版社から発行されるというこの本からは、海に生きる人達のどんな声が飛び出してくるのだろうか。
一年後どんな本になるのか今から楽しみである。
きのう下絵を描きだしたという最新作を前にして、「ここに 漁師の自画像を描く」のだと、「漁雲」のモチーフを話してくれた。(MANAー中島 満)
貝井さんの作品を集めたギャラリー⇒貝井春治郎美術展会場▼
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