浜に生きる 10


essay,interview  

天明水の会 事務局長 浜辺誠司さん

 

山の人たちの笑い顔がみたいな

 

 

 

熊本県・海路口漁協ノリ部会長浜辺誠司さん。有明海島原湾の浜でノリ養殖を営んでいる。浜辺さんには、ノリシーズンが終わって一息つく暇もないほどの大忙しの日が続いている。「天明水の会」「緑川流域連絡会」事務局長が、海に生きる男のもう一つの顔である。取材中にも引っ切りなしに電話がなる。ここが「漁民の森」づくり運動の発信基地なのである。

「森を再生して豊かな海をよみがえらせよう」という浜辺さんたちの呼びかけは、県内はもとより近隣県にも波及し、全国的な注目を
浴びることになった。

「天明」とは、熊本市内有明海干拓地の地名であり、九州中央山脈を水源に80キロ近くを流れる緑川河口には干潟が広がる。「海がだんだん寂れていきよる。若い衆もおもしろくない。おもしろくなければよその仕事にいく。海からだんだん若者が遠のいていくんではないかという懸念が天明水の会をつくったきっかけでした」と浜辺さん。

「地域を元気づけさせるのはどうしたらいいかとみんなで考えた。ここは農業と漁業の町。二つの職業の共通のテーマは[水]だと意見が一致したとです。まずできることからと、海岸線の清掃をすぐ始める。川や海の水質調査を独自にやったり、専門家や町のひとたちを交えて勉強会をなんどもやりました」。

あるとき、浜辺さんはショッキングな言葉を耳にする。船だまりのゴミが山積していること、海中を漂う紙オムツのこと、へドロで死にかけた干潟漁場のことを漁民の立場で発言していたときのこと、「海を汚したのは上流に住んでいる私たちです」と言い切った男と出会う。

海の男と山の男の交流が始まった。

山に行ってみてまた驚いた。山が荒れ放題、晴天なのに上流の川は濁っていた。働いているひとたちに活気がない。「このとき、土砂流出の言葉にビンとくるものがあった。そうか、昔の干潟は元気いっばい、肥沃な漁場だった。最近は、千潟の土に土砂がつもっている。死んだ海になった原因に土砂流出があるんだ」と浜辺さんは再認識する。

そして、「山のひとたちの笑い顔がみたいな」そんな気がしたそうである。山の人たちにお手伝いできること、それは「木を植えること」と決める。

浜辺さんは、実は、山登り大好き人間だ。海外遠征にまでいったことがあるほどだから「山と海」の仲人役として生まれてきたような人だと仲間からいわれているそうだ。そして、浜辺さんはいう。「海の衆のつながりは、たんぼと違って[畦のない職場]。近隣の組合も加わり、1.78へクタールに5000本の木を植えることができた」。

浜辺さんたちのグループは、次々 にユニークなイべントを打つ。子供たちを対象にした熊本県内13の川でのカヌー教室、緑川源流探検、そして、昨年の8月には有明海カヌー横断と対岸の諌早湾でのどろんこ交流会。今年になって、4月には「子供の森」植林。「漁民の森」づくり行動が引き金になって、今年は、県内の7カ所で市民たちが加わる「木を植える」イべントが行われたという。

浜辺さんは、「今の若い衆のみんなに、もっと自分で仕掛けろというとるとです。海の男が引っ込み思案たーなんたることだ。後継者問題も嫁さん不足も、なんでも若い衆に仕掛けろ」とハッパをかける。7月22日にはフェリーを貸し切り「夜風に吹かれて納涼大交流会―有明海まるごとナイトクルージング」を開いた。今度は、脇役に徹して若い衆へのエールを送っていた。

浜辺さんの周辺は「環有明海構想」実現に向けて相変わらず忙しい。(1995年8月取材)(JF共水連機関誌『暮らしと共済』89。1995年 9月号「浜に生きる」55掲載。)


(MANA-なかじまみつる)

 

 エピローグ  「天明水の会」は、現在はNPO法人として活躍中です。「漁民の森」「子供の森」「有明の森」と緑川上流の山々に木を植え続けてきた「いのちの森づくり」活動など同会の活動に対し、数々の表彰(肥後の水資源愛護賞・環境水俣賞・朝日森林文化賞・自治大臣賞・農林水産大臣賞)をうけています。同会のホームページは、こちらから。


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