浜に生きる 3


essay,interview

築地魚市場おさかな普及センター・館長 阿部宗明さん

 

魚河岸のお魚ご意見番

 

[こんなちっちゃなハゼをね……と話し出したらとまらない。館内の水槽前でのスナップ]

 

築地卸売市場は言わずとしれた日本一の魚市場。卸売規模は年間で8000億円を越える水産物の取引きが行われている。
 まさに世界一の水産物の集散基地が東京・築地である。
 築地市場の一角に、おさかな普及センター資料館がある。昭和56年に東京都と水産物卸関係団体の協力で設立、平成4年に1階をお魚展示館にした新館がオープンした。水槽にはアジやボラやタイが群泳し、魚の標本が展示されている。

阿部宗明さんは、おさかな資料館の館長である。元日本魚類学会会長、魚河岸のおさかな博士としてテレビや新聞雑誌などでもなんども紹介されているのでご存じの方も多いと思う。
 築地市場の勝鬨橋を境にちょうど真向かい月島にあった水産庁の東海区水産研究所(現在は移転し、中央水産研究所に)で魚類学研究を行っていた頃から、研究所に出勤する途中に、築地市場に早朝立ち寄るのが日課となった。
 これが現在まで続いている。築地市場を通過する魚たちの四季の移り変わりをお魚博士の目で日ごと追い続けてきた。

「昔と今で一番違ったのが、昔の木の樽とトロ箱でしょう。樽の側面には勝浦とか、銚子とか漁港の名前が書いてあり、使用済みの箱はみんな漁村に返していたようです。今は、発泡スチロール。昔は、箱をのぞき込めばすぐ魚の顔があった。築地市場内のプラットホームにたって列車を待つ。貨車から次々運び出されるトロ箱を見ているだけで日本中の魚のことが随分とわかりました。ほんとに種類が多かった。今は、市場で金にならない商品価値の低い魚とかは産地で選別されてしまって見られなくなってしまった。あの当時は、いろんな魚が何でも築地にあつまったものです」

 

とちょっと寂しそうな顔をした。

しかし、今はそのかわり、世界中の魚がここにあつまる。「北海道からのマツカワというカレイなんか全くなくなってしまった。
 茨城県の涸沼(ひぬま)のニシンも入った。天気図を見ながら冬の気圧配置に変わって、雪が降りそうな日になると、涸沼のニシンが入ってきそうな予感がしたものです。小田原からは寒ブリがくるときもピンとくるものがありました」
 季節の流れの中で、先生の頭の中にはお魚カレンダーがきざまれている。まるで魚の動きを血が知らせ、旬を察知するかのようだ。
 しかし、と続ける。
 「ニシンもマツカワもいなくなりました。出世した魚と言えばナメタガレイでしょうか。それにキンキ、オコゼ。みんな上等な魚じゃなかったが今では高級魚です」
 いま、世界中に2万3000種の魚のなかまがいて、日本だけで3700種近くが生息する。その中で、築地市場で見られる種類は多く見ても500種類ぐらいという。

阿部先生のところには、魚河岸の目利き自慢の人たちが、名前の分からない魚が入荷すると問い合せにくる。それもけっこう頻繁にやってくるそうだ。
 これまでに、阿部さん自らが和名をつけたものだけで400種以上にのぼり、なかには築地に入荷した魚から新種を発見したこともあるという。
 え!、東京のどまんなかで魚の「新種」発見!


「シマアオダイというアオダイの一種でした。他にも何種か発見しています。さらに、やはりタイの種類ですが、確認中のものもあります。およそ新種らしいとわかっても、世界中の博物館や文献で新種かどうか確かめるだけで実はすぐ10年20年たってしまいます」

 

という。築地は「魚の宝庫」なのだ。築地のおさかな博士、今日も早朝の河岸に足を運ぶ。

 

「好きというより、魚に対する本能みたいなものがここに足をはこばせるんです」

(阿部宗明先生は1996年8月9日亡くなられました。85歳でした。)MANA

――全国共済水産業協同組合連合会機関紙『暮らしと共済』1994.83掲載

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