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まなライブラリー氷の文化史日本氷業史・氷室文献雑録


Ice 006 田口哲也著「氷の文化史」書評

田口哲也著『氷の文化史』(平成6・1994年5月・冷凍食品新聞社発行)は、MANAの企画編集制作による第1冊めの本である。当時ニチレイアイス社長であった田口哲也氏の氷業史および、氷の製造に関する多くのエッセイをもとに、新たな資料を加えて再編集して発行した書である。同書の書評の主要なものを以下に転載しておく。書評執筆者の肩書きは、当時のままのものである。


(1)「農林水産図書資料月報農林水産省図書館編・農林統計協会発行・1994年11月号「和書案内」

 人と氷とのふれあいの歴史は、物を冷やす「冷凍技術史」としてみる側面が主流であり、食飲、儀式、納涼などの生活歳時に関わる「文化的な」側面については、従来、まとめて語られることは少なかった。このような視点の下、本書は、これら両側面を対象とし、幅広い分野の文献を通して、古代から現在に至るまでの氷に対する人々の思いの移り変わりを描いたものである。
 本論部分の章別構成は、次の通りである。
 第1章「太陰の精―氷雪利用の起源―」/古代中国の冷蔵庫/周の凌人―氷を掌る/水晶になりそこなった氷/中国の氷祭り今昔/貴公子たちの氷水/第2章「アイスロード―氷のたどった道―/朝鮮のソクビンゴ/欧州の氷室と酒蔵/シルクロードの氷果/第3章「氷の朔日―日本の氷ばなしその1―」六月一日は何の日か?/氷室発見の謎/供御の氷は年間八○トン/奈良氷室神社を訪ねる/第4章「けずりひ―日本の氷ばなしその2―」、/宮廷の優雅な氷の夏/お氷さまのお通り/庶民が味わった江戸時代の氷水/第五章「氷を活かす/純氷の世界/アイスマンの登場/氷に夢を賭けた男―中川嘉兵衛/機械製氷の歴史/かちわり氷の人気の秘密/

 さらに、第1章では、中国三千年の蔵氷・賜氷制度、四季・暦にみられる氷の歳時や食文化、第2章では、ローマ皇帝ネロによるドルチェ・ビータ(ワインをベースにした氷水)、河や池の氷が王である中国・朝鮮と氷河の雪氷が中心の欧州という冷煤材料の違い、第3章では、いわゆる古代氷室、第4章では、平安女流文学にみられる氷など、思わず引き込まれる題材かいくつも取り上げられている。
 以上の章立て・内容からも示されるように、読みやすく書かれており、挿入された数多くの図、画、写真なども効果的である。
 東洋から西洋までの氷の利用をこのように並べると、いくつかの興味深い問題が新たに浮上する。たとえば、氷の利用の伝播という点では、そのルートが問題となる。「始まりの古さからみて中国はひとつの発進地であり」、「サマルカンド征服の際に、病にかかったフビライの父がシャルバート(砂糖と氷の冷たい飲み水)で回復した」話、紀元前後頃に中国の中原王朝の支配下で屯田がおこなわれたクリム盆地の南縁のオアシスで、「現在も冬場の氷が氷室で保存され夏にも利用されている」話など、いずれも氷の利用の伝播といわゆるシルクロードとの関わりが強く示唆される。18世紀末から20世紀初頭に活躍したスウィン・ヘディンやサー・オーレル・スタインらは、タクラマカン沙漠の探検に氷を携行した。この点も、この地域にすでに冬に氷を貯える習慣があり、それを利用したと考えると納得しやすい。
 長屋王の木簡で有名な、「都祁の氷室は尾根の上」に掘られていた。しかし、「奈良や平安時代の宮中では氷室は地下に掘られ、(江戸時代の)加賀藩や越後の雪室は冬場の水田に積み上げた雪を囲ったもの」であり、富士山など有名な氷穴はいずれも山麓部にある。氷や雪の保存は、本来尾根の上よりも北向き斜面の下部あるいは谷底付近の方が向いているはずである。何故都祁では水室が尾根の上に掘られたのであろうか。

 この問題も、伝播との関わりが深いように思われる。朝鮮半島では地下水を比較的通しやすい花嵐岩の地域が広いため、保存中に地下水で氷が解けるのを防ぐためには、氷室は地下水が集まりやすい谷底付近よりも水がはけやすい尾根に掘るほうが都合がよいはずである。朝鮮半島から氷室が伝播したとすれば、花岡岩からなる都祁では、当然、尾根の上につくられることになる。
 以上のことは、著者が直接意識していない点も含めて、人と氷とのふれあいの歴史を洋の東西について広くまとめた結果、新たな問題が幾つも喚起され得ることを示している。
 本書の最大のねらいは、実はこの点にあるように思われる。
 ただ残念なことに、誤りと思われる個所が散見される。体調を崩しておられる最中に執筆されたことによるものと推察される。
 気楽に読めるいっぽうで、実は非常に示唆に富む好書である。様々な分野の方にぜひ一読をお薦めしたい。 (奈良女子大学文学部助教授・相馬秀廣)

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