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ヨハさんニッポン漁村探検記

by Johannes Harumi WILHELM,and MANA


Prologue ヨハさんかく語りき―MANAインタビュー(「浜に生きる」第19回)

 みんなで資源を利用する

 ボン大学日本文化研究所研究員

現・秋田大学講師

ヨハネス・ハルミ・ウイルヘルムさん

(インタビュアー・MANA)

●プロフィール(ヨハネス・ハルミ・ウイルヘルムさん) 1970年東京でドイツ人父と日本人母の長男として生まれる。東京、ドイツ、仙台で高校まで暮らし、ハンブルク大学で文学・哲学、チュービンゲン大学で物理学と政治学を学ぶ。ボン大学で日本文化研究として民俗学、比較宗教学を専攻し、「日本沿岸漁業における資源管理」で修士。同大日本文化研究所研究員として日本国文部科学省研究留学生(国立民族学博物館)。宮城県の漁村で沿岸漁業の資源利用を調査、研究成果を踏まえ日本の沿岸漁業資源利用についての博士論文執筆。2004年から秋田大学講師・ドイツ語及び欧州文化講座を担当。

 ひとりのドイツ人研究者が日本の沿岸漁業資源の利用と管理について10年間の研究成果を博士論文にまとめようと取り組んでいる。ヨハネス・ウィルヘルムさん、32歳。ボン大学日本文化研究所研究員で、文部科学省研究留学生として宮城県でフィールドワークと研究の真っ最中。有限である水産資源を「みんなで有効に利用する」には、どのような資源管理と利用の仕組みが必要なのか、ヨーロッパ人の資源利用の歴史を背景に、日本の沿岸漁業資源管理利用の歴史と現状を比べながら、課題を探るのがテーマという。ヨハネスさんに、日本の沿岸漁業に目を向けるきっかけや、「みんなで利用する」仕組みについてヨーロッパと日本の違いなどを伺ってみることにした(2003年11月取材)。

  味噌汁のワカメに感動

  ――日本語、かえって日本人より上手ですね。

§僕は、母親が日本人、父親がドイツ人で日本で生まれました。高校まで日本とドイツを往復する暮らしで、バイリンガルなんですが、こどもの頃には辛いことが多かったのですよ。10歳まで仙台で育ち「多国語ができて楽だなあ」ってよく言われましたが、ちっともそんなことない。むしろ、母国語だけで育つ子供をうらやましいと思ってました。

――ドイツの大学で文学や哲学を勉強されて、なにがヨハネスさんを日本の漁業に目を向けさせたのですか。

§もともと大学では物理学、政治学、歴史と英文学を二つの大学で勉強していました。1993年に父が仙台で亡くなりまして、僕はこれからの人生をどのように生きていくかと考えるようになりました。20歳の頃ですが、日課となっていたドイツの森を歩いているときにミスティック(神秘的)な体験をしました。言葉で表現するのは難しいのですが、林の中を吹き抜けていく「風」を見たのです。

 木に話しかけると返事があって会話ができるのです。目をつむって森を歩くと、木にぶつからずにスーッっと森の中を歩けたりするのです。こどもの頃、仙台やドイツの海や山や川の自然のなかで暮らしたことが思い出され、自然への好奇心がわいてきて、座禅や武道教室に参加したこともありました。

 ある晩、酔っぱらって学生寮の部屋で、母親が仕送りしてくれた味噌を使って味噌汁を作っていたときです。乾燥ワカメがあったので、それを入れたときでした。味噌汁が緑色のワカメであふれかえりました。ワカメが膨れたのです。僕は唖然としました。そして感動したのです。

 「なぜ、こんなにも軽くて小さいものがこんなに膨れ上がるのだろう?」、「そうこれだ」、「自分は日本語もできる。日本では古くから海藻を食べている。海藻の文化と生産する社会を勉強すれば、、ちょっとは未来のために役に立つかもしれない。母親が歳をとっても日本で暮らせるような研究ができるかもしれない」って思ったのですね。

――ワカメに感動したとは面白い。ドイツ人はワカメ食べないんですか。

§ドイツではほとんど海藻は食べません。かえって気持ち悪いものと思っていました。最近では、寿司がはやり始めて海苔は知られるようになりました。

 もう矢もタテもたまらず翌朝、大学の図書館に行き、ドイツやヨーロッパで日本の海藻や漁業のことが研究されているかを調べにいきました。驚いたことに、ドイツで最後に日本漁業のことが書かれた本は一九三五年に出版されたものだけだったのです。漁業漁村のことを扱った本ばかりか論文すら数少ないことがわかり、日本文化研究の中で漁村社会を研究しようということになったのです。

“もののけ姫”と資源破壊

――修士論文のタイトルは「日本沿岸漁業における資源管理」ですね。全部ドイツ語では身が引けてしまいますが、トップページに「この浜のアワビ、ウニ、コンブ等を漁業組合員以外のものが捕ることを厳禁する云々」の漁協の看板がかけられています。

§ 1998年夏に三陸を旅していたときに田老町漁協の地区にかけられていました。5年間近く、文献研究とフィールド調査で日本の漁業を勉強していましたから、すでに「クローズド・シー(閉ざされた海)」と、「オープン・シー(開かれた海)」の基本概念や、日本の漁業権制度のことも浜本幸生さんの文献など何冊も読んでいましたから知っていました。それだからこそ看板に書かれている内容の意味することにとても興味がわいてきたのです。

――ヨーロッパの漁業はどのように自由で、どのように規制されているのですか。

§ ヨーロッパでも自由漁業(遊漁)は厳しく規制されていて、免許制度がしかれていますから、その意味では、決してオープンではなく、かってに誰もが漁業をしてよいということではないのです。

 日本には奈良時代の大宝律令を解説した法律規則書に「山川藪沢之利公私共之」(サンセンソウタクノリハ、コウシコレヲトモニス)とありますね。これは、簡単にいえば、自然の土地は国のものだけれども、その土地や川や海の資源はみんなが自由に利用してもよい、ということなんですね。

 ところが、日本でも、「もののけ姫」の映画のなかで描かれた戦国時代あたりに鉄を支配する鍛冶集団があらわれて、自然の資源の乱獲や破壊するほどの規模の産業技術が出てきます。漁業分野においても漁法の改善や改良が行われ、資源利用の紛争が各地で起こり、その調停の積み重ねの歴史から沿岸区域の利用の規制である「漁業権」のもととなるルールや漁場の区分けが行われます。ほぼ江戸時代に当たりますが、こうしたオープンとクローズドを使い分けたローカルルールに基づく漁業の取り決めは明治漁業法に受け継がれ、基本において現行漁業法まで続いています。

 ここで、僕が注目するのは、日本においては、資源の管理をするようになった「動機」は、財政や地域秩序の安定といった経済地域政策上の克服に主眼がおかれていて、欧米のような「環境保護」の考え方に基づくものではなかったという点なのです。

――ウワー、「もののけ姫」から、いっぺんに難しい話になってしまいました。日本の漁業制度は、そんなに「特殊」なものなんですか。

§ いやいや、日本の漁業権制度や漁業管理の仕組みがどう「特有」なのかを、あんまり強調すべきでもないし、「特有」かどうかさえあんまり大事じゃないのではないかと思うんです。

 つまり、とくに説明しませんが、インドネシアには「サシ」という漁場の共有利用の仕組みがあり、ヨーロッパにだって、土地制度ですが「アルメンデ」という共有というか入り会い地利用の制度があります。

 アルメンデの頭のスペルALMは、アルプス地方の山地や高原の共有地Alm=アルムからきています。「もののけ姫」の宮崎駿監督の作品「アルプスの少女ハイジ」に描かれたアルプスの自然に囲まれた牧地の風景がアルムです。

自然利用とハイジの世界

――日本の漁場の世界がハイジが遊びまわっていた牧地と同じ自然や資源利用の世界なんですか。

§ 中世のヨーロッパには、ティング(TING)というムラの共有地の利用のルールをきめる寄り合いの「場所」あるいは、「集会」を意味する言葉があります。アルムのように、一見すれば「公物」なんですが、実質はみんなで管理する入会地の利用のルールを協議して決めました。このティングが、「物=もの」のシング(THING)の語源というのもおもしろいですね。

 日本の漁業管理制度の合意をとる仕組みと比べてみましょう。地域の集まりの寄り合い集団である「漁業組合」と、その構成員である組合員であり、漁業で暮らしを立てているムラビトたちが、絶対多数(たとえば「全員一致」とか「3分の2」とか)の合意で決めるルールが、基盤にあって成り立っているということと似ている、というより同じなんですね。

 つまり、私有物としての“もの”ではなく、公のものである自然でも、山奥や海のような国という大きな機関では「管理しにくい」自然の一定の範囲の区画・地域を、地元の山の人びとや漁村の人々に共同で管理するように、任せるたほうがうまくいく仕組みですね。みんなの共有の“もの”として末永く利用していく仕組みを、選んだのです。

 この仕組みを現代的なことばで言えば、コー・マネジメント(Cooperative- Management)、つまり「共同管理」にあたるわけです。この選択肢は、何も日本に特有のものではないのですが、日本には、これを積み上げて具体的に、地域ルールや法律や社会組織としての伝統など社会経済の積み重ねられた目に見える実績があるのです。ここに、特有ではないが、コー・マネジメントの優位性もあり、反省面もでてくる実例があるわけです。

 どうも、学問の世界では、「オープン」(開かれている)か「クローズド」(閉じている)か、の定義にばかりこだわる風潮がじつはあるのです。「管理しにくい」、ある意味でいえば、その管理の内容がわかりずらいローカルエリアにおいて、極端な言い方ですが、きちんと共同管理されている「実例」をあんまり勉強しないで、「管理しやすい」内容に置き換えて論じがちであったという感じがします。

 地元の人々が作り上げた資源管理制度、そしてそれを可能にした社会経済の秩序を壊して「発展」という「金儲け」に走った歴史的実例の結果が現代といえなくもないわけです。 

第2話以降

under construction

準備中

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JF共水連機関紙「漁協の共済」2003年12月号・111掲載初出(一部修正加筆)。画像の版権・本文は、ヨハネス・ハルミ・ウィルヘルムさんとMANAに属しますので、引用転載等を希望される場合はご一報ください。リンクはフリーですがMANAまでご一報ください。


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