MANAの読書ノート

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§寝惚先生文集/狂歌才蔵集/四方のあか』新日本古典文学大系84。1993年7月。岩波書店。校注者:中野三敏/日野龍夫/揖斐高。……太田蜀山人(南畝)及び四方連の狂歌及び狂歌文集である。

(1)「寝惚先生文集」揖斐高校注。○小本2巻1冊。明和4年(1767)9月。大妻女子大学図書館蔵本(浜田義一郎旧蔵)

―「元日の篇」(15)君見ずや 元日の御江戸(をえど)/……中略……/若水汲(わかみづく)み入(こ)む雑煮(ざうに)の膳(ぜん)/早稲売(はぜう)りの声も春向(はるめ)き姿=注:23:正しくは「[碌(石→米)]売」。[碌(石→米)](はぜ)はもち米を煎ってはぜさせたもの。

―「金(かね)を詠(えい)ず」(17)道(い)ふこと莫(なか)れ 目腐金(めくされがね)と/金の生る木を未だ尋ねず……中略……/夷講(ゑびすかう)虚(うそ)を付くこと深し=注:22:陰暦10月20日、商売の神様である夷神を祭る行事。このとき、高値で物のせり売りの真似をし、商売繁盛を祈願する。風流志道軒伝二「恵美寿講の百万両は、商人の虚言(うそ)をかざる」。

―「願人坊(ぐわんにんぼう)に寄する」(23)一ど年間に染(はま)って願人と作(な)り/今朝(けさ)ほどの判じ物 銭を取ること頻(しき)りなり/町中(てうぢう) 婦様(かみさん) 如(も)し相問(あいと)はば/道楽が如来の是れ後身(ごしん)=人に代わって願掛けの祈願や水垢離などをして金銭を貰い歩く乞食坊主。

―「絵草子を読む 二首」(25)鯛の味噌津(みそづ)で四方(よも)の酒(あから)/

―「水掛(みづかけ)論」(39)徂徠派を為す者は、髻(まげ)は金魚の如く、体は棒鱈(ぼうだら)の如し=注:56:酔っぱらい。「ぼうだらになりて海辺をながむれば月影さむし宵の口塩」(四方赤良)。

(2)「通詩選笑知」日野龍夫校注。天明3年(1783)正月。日野龍夫蔵本。

若水・カエル・ほっかほか―序。「戯言」(56) お臍(へそ)でわかせし茶(ちや)のことなれば、大目(おほめ)に御覧下されかしと、こつちは贔屓の蟇(ひきがへる)、かいるの面へ若水を、わつさりかけて薫臍(くんさい)艾葉(もぐさ)、ほつか外(ほか)には御座るまいと、……。朱楽菅江(あけらかんかう)」……艾(もぐさ)の熱気を「ほっかほか」としている。

貝・蛸―「南楼坊」(品川)(61)和尚の客/是れ在家の人にあらず〔本文頭注〕不是在家人 山の客人は鬼のこぶし、袋たびといふものをたべなんすよ=注:16.17.18=山は寺院の山号。僧侶の客の意。「鬼のこぶし」は、握り拳に似た巻貝「鬼のきこぶし」のことか。「袋たび」は、「蛸」の隠語。肉食を禁じられている僧侶が用いた。遊びにきたついでに食べる。

葛西・糞舟・おわいぶね―「7 糞舟、人を驚かす」(舎弟)(61)にシャレたオワイブネの詩あり。北風 葛西を吹き/万里 河糞を運ぶ/掃除 漂泊に逢ふ/臭香 聞くべからず。〔頭注〕○吹葛西 本草鳥目曰、以大根百本葛西。しほから声は此所へやればとんだ値(ね)がする。→〔校注19-21〕返り点を省けば「吹葛西」と書いて「すいかずら」(植物名)と読むので、植物事典「本草綱目」を連想し、「本草鳥目」ともじる。「鳥目」は銭貨の異称。農民が糞尿を汲み取った謝礼として農産物を贈ることがあった。しわがれ声。この一文の意味は不肖。〔頭注〕万里運河糞 「こいとろ\/」ときいろな声の、そうした黄菊と白ぎくの不幸な声を聞きに歩行(ありく)。→〔校注〕汲み取られた肥が葛西まで漂泊の旅をさせられる。「掃除」は肥汲みの意。我慢できない。臭いをかぐことことを「聞く」という。以下略。

干鰯・干鰯舟・臭い話―「55 主従(しう\゛/)」(89)山の神 芝居に遣り/独り残って誰と共にか語らん/土蔵 行く人少なり/臭風 下女を犯す○山神 入婿呼女房屋万之可美。家人芝居留守偶誘下女土蔵。股間有干鰯舟。……よくもよくもこんなくさい話を世に残すものか。

(3)「狂歌才蔵集」中野三敏校注。天明7年(1787)正月か。大妻女子大学図書館蔵本。

桜草・サクラソウ―(126)「桜草」四方赤良 98:みてのみや人にかたらん桜草ねごとにほりてわらづとにせん [本歌]見てのみや人に語らむさくら花手ごとに折りて家づとにせん……〔注〕「桜草」は富本豊前太夫の紋所で、天明頃大流行した。

―(同)99:散ればこそとはいふものの散らぬこそいとゞめでたき桜草なれ [本歌]略。

―(同)「桜草の花壇の風鈴の歌に」宿屋めし盛 100:草の名はさくらといふぞ風鈴も心してなれ入相(いりあひ)のころ

夏・鰹―(128)夏歌/「首夏」馬場金埒(ばばのきんらつ) (106)花はみなおろし大根となりぬらし鰹(かつう)に似たる今朝の横雲

夏・鰹・魚売り―(同)「更衣」寛時成(ゆたかなるときなり) 107:今朝ははや待えし鳥と魚うりと一声づゝにあはせきて聞く

一夜鮓(ひとよすし)―(129)「一夜鮓」 傘外無庵(さんぐわいむあん) 113:十三里のり合船のひとよ鮓まごと\/にしきりてぞ買(か )ふ……〔校注〕「一夜鮨 塩をすこし出し、水気をよく拭きとり、身をおろし、ほねをすきとり、酢につけ置、よきほどにしぼり上(あげ)、ふきんにてしとりををとり、飯に焼塩ほどよくして鮨箱にたいらに押付、よきほどに角に切る」(料理早指南)。のり合い舟の船中一泊と「一夜」とをかけての「一夜鮓」。乗り合い舟にひしめき合う乗客たちの一夜鮓を切り分ける姿。

―(130)(同)朝起成丈(あさおきのなるたけ) 114:折も折ふたりの子持のとまり客蚊帳をつるべのひとよ鮓かな……つるべのひとよ鮓→釣瓶鮨。〔校注〕釣瓶鮨。吉野下市名産の鮎鮨で、釣瓶形をした曲物に入れるのでこの名がある。「釣瓶鮨 鮎也。[旺(日→テヘン)]物ニ入。藤ニテ手ヲスル故ニ云」(毛吹草四)。

§―『浮世風呂 戯場枠言幕の外/大千世界楽屋探』神保五彌・校注。新日本古典文学全集86。岩波書店。……いわずとしれた式亭三馬の名作。

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§―『日本随筆大成』第1期第1巻(吉川弘文館) 「梅村載筆」(林羅山)/「筆のすさび」(菅茶山)/「羇旅漫録」(曲亭馬琴)/「仙台間語」(林立翁)/解題:丸山季夫

(1)「梅村載筆」(林羅山) 安政3年御免、同4年発売

鯉と鱗――

○印肉は、胡麻の油を以て鯉魚鱗を煎じて、うろことろけし時、其汁にて墨をすり、もぐさを揉てひたし、帛〔キヌ〕の小袋に包むなり、或は灯花の油烟をとりてするもよきなり、朱の印肉も、右の作り様に同じ。或は云、鯉の腹の白きふくろを油に入てねるといへり、又云、象牙の粉まづれば色かしみぬなり。(26〜27ページ)

氷かちん、餅――

○内裏女房の詞に餅をかちんと云ことは、かちんの帽子をかぶりたる女房の、餅を持来れるゆへなり。(55ページ)

鰯とムラサキ、鮎とアイ――

○鰯を女房の詞にむらさきと云ことは、あいにまさると云義なり、鮎と藍と和訓同じ。(同ページ)

ぜんざい、もち――

○赤小豆をすりて煮たる餅を、ぜんざいもちと云ふ事は誤りなり、しんざい餅と云べし、神在とかくなり。出雲国の大社は、むかしより十月には諸神相会し玉ふと云ならはせり、故に余は神無月と云に、出雲にては神在月と云ひて、祭りにかの餅を煮てまつる事なり、これを学びて神在餅と云か。(56ページ ) ……カンナヅキ⇔カミアリヅキ→ジンザイモチ

水母と蝦と蟹とソウコウ:カウナ・ガウナ――

○〈コノ項万治本ニヨル〉文選云、水母蝦(ヲ)目ニシ[理(里→巣’)][梏(木→王)]蟹ヲ腹ニス云々。水母はミヅクラゲなり、蝦はエビなり。クラゲは目なき故にエビに従ひてありくなり。水母を人のとらんとする時に、クラゲは目なければ見ることなきを、エビ退くゆへに水母も共に水底に沈むなり。是をクラゲ蝦を目にすると云なり。[理(里→巣’)][梏(木→王)]は貝なり、カニ其中に入てをるなり。[理(里→巣’)][梏(木→王)]うゆれどもくらふべきことなし。蟹外へ出て物を食ふて、又中へ入ゆへ、[理(里→巣’)][梏(木→王)]飢止なり、是を[理(里→巣’)][梏(木→王)]蟹(ヲ)腹(ニス)と云なり。[理(里→巣’)][梏(木→王)]は今どきいふカウナ〈イソカウナ一本〉と云物也。水母借蝦目と云句もあるなり。(68ページ)

(2)「筆のすさび」(菅茶山) 「安政3年発売」とある。

天からアズキが降る――

一豆小豆の降〈ふり〉たる事  文化乙亥の夏〈なつ〉、長崎筑の前後の辺に豆をふらせしよし、丹後には竹に実のること多かりしとぞ。備後〈びんご〉にもこれありし。思ふに寛政の前二年、備後深津〈ふかつ〉郡に麦菽蕎麦〈むぎまめそば〉などふりしことあり、夫〈それ〉を拾ひたる人余に見せしに、真のものによく似たりしが、其翌年は大に餓〈うゑ〉しなり。日本書紀〈やまとふみ〉等にも此事あり。丁亥の今年は豊なるが明年はいかゞあるべきや。丙子四月十五日豊前中津に大小豆ふりて、城下〈ぜうか〉にて夜行の傘にはら\/と音するほどなりしとなり、其二豆を伝へ来りて見しに、前年備後に降しよりは実して見えし、小豆は色赤からざりし。(84ページ)……恐慌、飢饉のとしや、その予兆に小豆降るというのは、中部以北では、夏雪・氷が降るということの話との関連やいかに。次のページに「普賢岳焼出」「新島」火山や地震と星座、彗星とのかかわりを示す文がけっこう出てくる。さらに「ひでり」の記載と6月の星座との関わりもおもしろい。「六月一日の文化史」に参照すべし。

イシモチ奇譚――

一奇病  此頃友人小寺清光がかける記事を見るに、其事奇なるに依て左にしるす。/文政五年夏本邑〈なつほんゆう〉篁後巷文助者〈ぶんすけといふもの〉癰〈よう〉を患ふ、六月二十四日癰潰〈ようつぶれ〉て二[椶(木→魚)]魚〈ふたつのいしもち〉〔MANA注:[椶(木→魚)]の作り中の「×」は、本文では、「※」。〕あり、膿血〈うみ〉に随〈したがふ〉て出づ、癰亦稍〈やうや〉く癒ゆ、其子茂平異〈あやし〉みてこれを語る。以て文助に問ふに、曰信なり、其長さ寸余〈すんよ〉尾ありて首〈かしら〉なし、鱗鰭并に全〈まつた〉し、蓋是嘗て此魚を好む、其沙礫多きを以て皆其頭を去る、然〈しかれども〉已に食せざること数月〈すげつ〉、今出て鮮〈あたらしく〉且全きは何ぞや。予文介の言を聞益々異を嘆ず、夫熟して後之ヲ食ヒ、糜して〔カユニシテ〕これを咽〈のむ〉、安ぞ〈いずくんぞ〉鮮〈あたらしく〉且全きを得んや、人の腹中食を受る処あり、また何ぞ背よりして出るを得るや、稗官小説或は恠疾〈くわいしつ〉を載て斯類の事あるを聞かず。是によってこれを観rば、世の奇恠非常を伝ふるもの概して妄誕とすることを得ず。文助少して〈わこうして〉我を傭す、故に其事を詳にすることを得たりといふ。備中笠岡小寺清光記〈しるす〉。(116ページ)

雑学は本好きの原点・珍なるもの・奇なるものについて――

一珍書考(ちんしょかう)  此頃珍書考(ちんしょかう)といふ書をよむ。彼書はやむごとなき家の著述にて、珍書といへば奇妙なることゝ思ひしが、さはなくて俗説弁の類(たぐひ)なるものにて、世俗のあやまれることを[拍(白→票)]出(えらびいだ)すれども、さして学者の用をなさず、日本と諸越(しょえつ)と同じことも多かるべき、皆諸越(みなもろこし)の事より誤り伝へしなどいふ事を決せし書なり。然ども予が輩(ともがら)の書をよむこと少き人には大益あり、みな人よむべき書なり。〔以下略〕(116ページ)

大食い大会・馬鹿食い・大酒飲みの会――

一大食会  いつのころからか備後福山に、大食会といふことをはじめしものあり、其社の人皆夭折(わかじに)せり、ひとり陶三秀といふ医者ありしが、これははやくさとりて其社を辞して六十余までいきたり。以下略(131ページ)。

一大酒 以下略。

ヒキガエルの異称――

一薩州風土 薩摩の山は、多くは肥後の山の流尾にて高山なし、海門桜島霧島のみ〔中略〕。九州に蟾蜍(ひきがへる)をワクトウといふ、久留米の樺島有七毎日酒を飲むに、蟾蜍のいで来るときを期とす、故に人皆樺島がワクドウ酒といふと云。(149ページ)

コノワタ(海[虫+旦]腸)と柳絮――

一柳絮海腸(りゅうじょかいちやう) 柳花柳絮と異なること同所にみゆ、然れども花の後に絮となるなれば、絮(まゆ)を花といふも詩などには妨げなきにや、吉貝(きつばひ)の花を布となすといふも、絮(まゆ)を花といふなり。今俗に云海[虫+旦]腸(このわた)は子にて腸(わた)にはあらず、然ども故人の詩に腸(わた)として作りたることあり、よく見れば異なり。(144ページ)……ウニを海胆・雲丹と書き、コノワタを海鼠腸と書くとき、胆と腸と[虫+旦]とはいかなるつながりがあるのか。[虫+旦]は、螫す、痛みを意味する(大漢和)とあり、当て字か。

 

(3)「羇旅漫録」(曲亭馬琴)

峠のだんごの由縁――

〔九〕宇都の山 宇都の山の十団子(とおだんご)は、豆粒ほどの餌(だんご)を、麻糸もて十づゝつらぬき、五連を一トかけとす。土人の説に、峠に地蔵菩’(ぢぞうぼさつ)のたゝせ給ふ。このみほとけの夢想によりて、十団子を製し小児に服さしむれば、万病癒ゆと云ふ。{団子のかたち数珠に擬するにや。その製もまたふるし。}

セタシジミ――

〔卅五〕瀬田蜆(せたしゞみ)  瀬田の蜆汁は、醤油のすまし吸物なり。塩梅またくらふべからず。(202ページ)

源五郎鮒・

ゲンゴロウブナ――

〔卅六〕鏡山 附源五郎鮒  ―前略―近江の源五郎鮒は、一節(あるせつ)に佐々木家一国の主たりしとき錦織源五郎といふ人、漁猟のことを司る。湖水に漁りたる大鮒を、年々京都将軍に献ず。その漁猟の頭人たるによりて魚の名に呼びきたれり。(203ページ)

夏の涼み。ウナギ(鰻鱧)は若狭よりくるもの多い、あらい鯉、小鯛、鮠(はゑ)――

〔七十六〕京地の酒楼  ―前略―○生洲は高瀬川をまへにあてたれほ、夏はすゞし。柏屋松源などはやる。柏屋は先斗町にも出店あり。松源近年客多し。こゝにて鰻鱧(ウナギ)、あらひ鯉名物といふ。魚類は若狭より来る塩小鯛塩あはび、近江よりもてくる鯉鮒、大坂より来る魚類、なつは多く腐敗す。鰻鱧は若狭より来るもの多し。しかれども油つよく、江戸前にはおとれり。鮎鮠は加茂川にてとるもの疲て骨こはし。鮠(はゑ)はよし。若狭の暁鮎よしといへども、岐阜ながら川の年魚などくふたる所の口にては中\/味なし。鯉のこくせうも白味噌なり。赤味噌はなし。白味噌といふもの塩気うすく甘ッたろくしてくらふべからず。田楽へもこの白味噌をつけるゆゑ江戸人の口には食ひがたし。鰻鱧は大平などへもる。小串は焼て玉子とぢにもせり。大魚の焼物は必片身なり。皿の下になる方の身はそぎてとり、外の料理につかふこと大坂も又かくのごとし。京は魚類に乏しき土地なればさもあるべし。大坂にて片身の浜凝など出すこといかにぞや。是おのづから贅をはぷく人気のしからしむるもの歟。京にて味よきもの。麩、湯皮、芋、水菜、うどんのみ。その余は江戸人の口にあはず。
○祇園豆腐は、真崎の田楽に及ず。南禅寺豆腐は、江戸のあわ雪にもおとれり。しかれども店上広くして、いく間にもしきり。その奇麗なることは江戸の及ぶところにあらず。(234ページ)

虫きく、河鹿(かじか)――

〔七十九〕○虫きくには。真葛が原よし。○河鹿はあらし山の麓大堰川にてなくよし。いまだ時候はやければ聞にえゆかず。

大坂にてあしきもの“ウナギ”――

 ○大坂にてよきもの三ツ。良賈(オオアキヒト)、海魚、石塔。あしきもの三ツ。飲水、鰻鱧(ウナギ)、料理。うなぎは小串のみにて、京の若狭うなぎにおとれり。

本居大平を訪ねる――

〔百三十〕大平が噂  八月十二日松坂の大平を訪ふ。{通称本居三四右衛門。}この大平は元豆腐屋なりしが、国学にこゝろをよせ。宣長翁の弟子となりてその志厚かりしかば、宣長養子としたり。宣長の跡といふは此大平のみなりといふ。年四十ばかりにみゆ。至極人品よき人なり。(285ページ)

 

(4)「仙台間語」(林立翁)……筆者は林子平の父親である。

○和名抄  順ノ和名抄ハ、和名ノ証拠トスレドモ、精撰トハ不レ可レ云。物名ニ雅俗有ハ常ノコト也。雅ヲ先ニシ俗ヲ後ニスルモ常ノコト也。和名抄ノ病名ハ、多ハ俗名也。病ニハ悉ク雅名ハ有マジケレバ、サモ有べシ。身体ニ日本紀ノ、陰ホド尻ガクレト訓ズルハ雅名也。和名抄ハ、雅俗ノ名ヲ不レ出。陰蔭也。言三其所在二蔭[エイ]一也ト注ス。尻ハ臀ノ下ニ附録シテ之利(シリ)ト訓ス。日本紀ノ雅名ト別也。又玉門ニ通鼻(ツビ)ト訓ス。日本紀ノ陰ノ名トハ別也。皆俗名ナルベシ。陰嚢{俗云布久利、}陰核{俗云篇乃古、}コレモ等無二雅名一コトハ不レ可レ有。第一雅名ヲ可レ注シテ不レ注ハ。笏{俗云尺、}版位{俗云変為二音、}ト注シテ不レ注二雅名ヲ一、朝廷ノ器何ゾ無二雅名一ヤ。又竜魚類ニ[券(刀→魚)]魚、{布居援援反、今按未レ詳。}、[舟+券(刀→魚)]魚、唐韻云、[舟+券(刀→魚)]、{直稔反、与レ朕同、漢語抄云、乎古之。}魚名似レ鰕面赤文、コノ注不レ詳。[券(刀→魚)][舟+券(刀→魚)][騰(馬→魚)]同字、直稔切也。何ヲ以テ、[券(刀→魚)]ヲ別テ居援反、未詳ト注スルカ。字首ノ巻、券、拳等ノ字ニ似タルヨリ、押当ニ居援反未詳ト注セリト外ハ思ハレズ。[券(刀→魚)]ニ似タル[養(良→魚)]字アリ。字亦作レ鱶。々乾魚[月+昔]也ト注ス。白[券(刀→魚)]大王ノ[養(良→魚)]也。白[養(良→魚)]大王、古クハ何二出ルヲ不レ知。近クハ性理群書ニ在リ。徂徠先生ノ弁名ニモ書レタリ。弁名ノ白[養(良→魚)]モ、今時ケイキノ音二読ム人アリ。正字通ニ陶ノ音モ有ト覚ユ。委クハ不二記得一。和名抄ノ[養(良→魚)]居援反モ、今時[養(良→魚)]ヲケンノ音ニ読ト類スベシ。古ク和名ヲ集タ物ニ、和名抄ホドノ無レバ引用コト不レ能。引用ルトモ斟酌アルベシ。(373ページ)……翻刻者の翻刻文が、オコゼ=(1)[券(刀→魚)]、(2)[舟+券(刀→魚)]、(3)[騰(馬→魚)]をケンと訓じオコゼと訓むことと、フカ=[養(良→魚)]をソウとよむ事の正確な理解をせず混乱している可能性があり、原文に確認しないと、著者のいう説に矛盾が生じている。とはいうものの、「引用ルトモ斟酌アルベシ」というのは正しい指摘である。

○肴  肴、サカナト訓ス。[草(早→俎)]、醢也。俎、実也ト注ス。仮名書ニ土佐日記、伊勢物語等、さかなと云皆是也。伊勢物語ニ、さかななりける橘をとりてト書り。然ルヲ東都ノ人ハ、酒肴ノ外ハ、魚肉ナラデハさかなト不レ云。人ニ贈るニ御肴ト称ス。公私皆然リ。魚バカリヲさかなト云サへ有ニ、御字ヲ加フ。我贈物モ贈レパ、人ノ物ニナル故ナルベシ。諺ニ云フ。取越問答也。今時ノ御字此類多シ。田舎人ハ鳥獣ヲモさかなト云フ。此山ニハ肴ガ無イ。此川ニハ肴ガ有ナド云アリ。活タルヲ肴トヤ云べキ。江戸人ハ活タルヲバ不レ云。古今語ノ変如レ此。

○年魚  海糠魚 和名抄云、鮎{和名阿由、}崔禹錫食経云、貌似鱒而小、有二白皮一無レ鱗、春生、夏長、秋衰、冬死、故名二年魚一也。此説非。四十許年前東都江戸川ニテ、四月初尺余ノ鮎ヲ捕レリ。皆今年ノ不レ鮎ナラヲ怪リ、仙台ニハ大寒中モ捕也。蟄二深淵底ニ一ヲ、人ヲ入テ捕ト云。江戸川ニテ捕シモ洪水後也シカバ、源兵衛淵ヨリ流出タルナラン。江戸人ハ不レ知レ蟄スルヲ二淵底ニ一、源順亦不レ知也。常州長勝寺長洲和尚ハ讃岐人也。讃岐ノ漁夫ノ云ハ、山下ニ潮ノ来ル流アリ、夏日其流水ニテ漁スルニ、山ヨリ白キ鞠ノ如キ物、幾ラモ転ビ来入レ水ト等ク、水上ニ小虫ノ羽ノ一面ニ浮ヲ見ル、怪テ見二水底一バ、アミ多集ル、山ヲ守ヰテ白団ノ転来ヲ取得テ見レバ、蚊ノ固マリ也。投レ水バ羽ハ脱テアミニ成テ水中ニ集ル、如レ此コトモ有ヤト長洲云フ。本草綱目鰕条下、一種有二天鰕一、小飛虫所レ化也ト有ト記得タリト答レバ、然バアミトハ可レ用二天鰕一ト云故、和名砂ハ海糠魚ヲ阿美ト和名ヲ付ケ、所レ出未レ詳ト註スト答フ。潮来ノ東、延方ニハイサヽト名ヅク、イサヽ汁トテ、アミヲ桶ニ入レ和レ塩ヲ、熟スル時代二未醤ニ一、京師ニイサヽト云ハ、宇治川ノ氷魚(ヒヲ)也。氷魚ハ鱠殘魚也。(393ページ)

 

§―『日本随筆大成』第1期第2巻(吉川弘文館) 「春波楼筆記」/「瓦礫雑考」(喜多村信節)/「紙魚室雑記」(城戸千楯)/「桂林漫録」(桂川中良)/「柳亭記」(柳亭種彦)/「尚古造紙挿」(暁鐘成) 解題:丸山季夫

(1)「春波楼筆記」司馬江漢著

(2)「瓦礫雑考」(喜多村信節)

○印地(いんぢ)  節信按に、いんぢは石打(いしうち)の譌音(くわおん)なるべし、つぶてをつんはいといふがごとし。{瓢石をつむはい、飛石をつぶてと異なることゝおもふは非なり、つぶては粒打(つぶうち)也、つぶばいともいふ故、つぶてをつむばいといふなり}――以下略。(91頁)……越後湯沢の先に石打スキー場がある。

○茗荷(みょうが)食へば痴(ばか)となり慈姑(くわゐ)は精を耗(へら)す  これ俗(よ)にもはらいふことにて、いともをかしき謬(あやまり)にぞありける。まづ茗荷の諺は、東坡志林に曰く、庚申三月十一日薑粥(きやうちゅく)を食ふ、甚だ美し、嘆じて曰く、吾が愚なるを恠(あやしむ)こと無かれ、吾れ薑(はじかみ)を食うこと多矣(おほし)云々、とある生姜(しやうが)を茗荷と誤れる也、生姜のことも本より東坡の戯言(げごん)なり。また慈姑の諺は、和名抄に烏芋(うう)をクワヰと訓じて沢瀉(たくしゃ)の類なりといへるより、後には偏(ひとへ)に沢瀉(たくしゃ)をクワヰなりと心得、かつ沢瀉(たくしゃ)は水を利すといへることをさへおもひ癖(ひが)めて、さることはいひ出せしなり、これも本草には腎経(じんけい)に入りて旧水を去り、新水を養ひ、小便を利す、とこそいひたれ、精を耗すといふことは絶へてなきをや。(134ページ)

○Sorry Under Construction

 

§―『日本随筆大成』第 三期第8巻(吉川弘文館) 「見た京物語」(木室卯雲)/「天野政徳随筆」(天野政徳)/「陵雨漫録」(著者未詳)/「筵響録」(高橋宗直)/「訓蒙浅語」( 大田晴軒)/「榊巷談苑」(榊原篁洲) 解題:小出昌洋、北川博邦。

(1)「見た京物語」(木室卯雲)

(2)「天野政徳随筆」(天野政徳)

(3)「陵雨漫録」( 著者未詳)……解題に「文化文政頃」成立だろうと書く。「特に聞くべきほどの記事はなく、「ものつづるたすけ」になるとも思えない。」と書いてあるような文章だが、メモする内容の記事もある。

○佐渡国方言 佐渡国方言、めぐすりの花、{露草の事、}○ところてん花、{なでしこ、}…中略…○しゞう、{あいなめ、}○あへもの売、{干魚うり、}○はちめ、{もうを、}○しみ、{氷、}…後略。」

…中略…

○難字のしるべ イ [追]{イシフシ/琵琶湖の魚也、}…中略…海参{煮海鼠、}望潮魚(イヽダコ)、…後略/ロ/ハ 前略…鰕虎魚(ハゼ)、…中略…古貝{パンヤ}/ニ……/ホ 前略…蚶(ホタテガイ){瓦屋トモ、/専車トモ、}…後略/ヘ/ト/チ/リ……/ヌ/ル……/ヲ/ワ [祐〈右→君〉]帯菜(ワカメ)、…後略/カ [夫](カマツカ){琵琶湖ノ魚ノ名、}…中略…鉛錐魚(カツヲ)、鶏蛋糕(カステイラ){菓子}…中略…木魚(カツホブシ)、青魚子(カヅノコ)、/ヨ/タ/レ……/ソ……/ツ/ネ/ナ 砂[巽](ナマコ)、ラ…中略…/ク 前略…烏頬魚(クロダイ)、/ヤ 山水鮭(ヤマメ){湖ノ魚}/マ/ケ/フ 不賀比(フガヒ){鮒ノフト[苗](ワタカ)ノカト[亶](ヲヒカハ)のヒトヲ合テソノカタチトスル魚也。ビワ湖ニアリ。}海[連]魚(ブリ)/コ 牛尾魚(コチ)/エ 狗母魚(エソ)、海鰩(エイ)、/テ/ア 黒菜(アラメ)、方頭魚(アマダイ){黄穡魚同、}華臍魚(アンコウ)、魁蛤{アカヾイ}/サ 鱵魚(サヨリ)、拳螺(サヾイ)/キ 魚味(ギョミ)の祝{小児初テ魚ヲ喰フトキノ祝也。真英ノ祝ハクヒゾメ也。}…以下略

 

§―『新燕石十種』第1巻( 中央公論社) 「飛鳥川」(柴村盛方)/「続飛鳥川」(同)/「親子草」(喜田有順)/「近来見聞噺の苗」(暁鐘成)/「天言筆記 藤岡屋由蔵日記」( 飯島虚心堂抄編)/「於路加於比」(笠亭仙果) 後期(解題):朝倉治彦。

(1)「飛鳥川」(柴村盛方)……文化七年八十九歳翁の序あり。

(2)「続飛鳥川」(筆者別不詳)……新しい記述は天保二年あり。「寛延、宝暦の頃、文化の頃までの売物」のほか「追加」記述に売物に限らず記述されている。

○追加 安永の頃、…中略…

 塩魚にて、さんまは下魚にて、食する者なし、下々にては食す、寛政の頃より追々食料になり、客にも遣ふ様になり、価も高くなる、


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