海って誰のものだろう?――001

 

『海を守る』とはどういうことか?

 

――海に生きる人々・漁師・漁業者と漁協や漁村が

果たす役割と海の『守り人』について――


 

本ページの基本スタンスを整理すると、次のようになります。

 

海は誰のものなのでしょうか

 

 海は、いったい誰のものなのでしょうか。

 海に関心があるものなら、漁業者ならずとも、この疑問は誰もが抱いたことがあります。

 土地や物のように、「海は誰かの所有物か」という法律上の性質については、最高裁昭和61年12月16日判決で、「海は土地ではなく、所有権の対象にはならない」として、それまでの論争に終止符をうつ明快な判決が出ています。田原湾干潟訴訟判決と呼ばれる判決の内容は「海は、古来より自然の状態のままで一般公衆の共同使用に供されてきたところのいわゆる公共用物であって、国の直接の公法的支配管理に服し、特定人による排他的支配の許されないもの」と判示されたのである。つまり、海は、誰の所有物にもあたらない「公共用物」というものです。

 ところが、海岸を歩いていると、その地域の漁業協同組合名で漁港域への立ち入りや関係海面への入域を規制している立て看板を目にする。さらに、遊漁の釣りやダイビング、ウインドサーフィンなどマリンレジャーを楽しもうとする人たちが、地元の漁協が管理する漁業権水域や周辺海域に入域して海を利用する場合には、漁業協同組合や漁村の関係地区団体の了解を得たり、一定の料金を支払ったり、漁場の区域に入域規制水域が設けられていたりします。

海は「誰のものでもない」という最高裁の判例があるにもかかわらず、国民の誰もが自由に水域を選んで、釣りをしたり、ダイビングをすることが、なぜできないのかという新たな疑問がわいてくるのも不思議ではありません。

 現実に、こうした国民の疑問を背景として、海を利用してマリンレジャーを楽しみたいとする人と、地元漁業者とのあいだで、いろいろなトラブルが全国各地で起きています。なかには、誰のものでもない海を利用するとき、だれが管理し、そして利用や管理の調整をはかるときの根拠となる法規はなになのかをめぐって、裁判で争われるケースも出ています。

 TOP

海の『守り人』と漁業者の役割について

 

 今回のお話では、海の利用をめぐるトラブルが起きるときのキーワードとなっている、いわゆる「漁業権」について、漁業法に明文化されている「漁業権」と、現行法には明文の記載はないのですが、漁業者が漁村集落の地先の海を「われわれの海」と呼び、漁業者が集まって作られた地元の地域漁民集団(漁協や漁協支所がその代わりを務めている場合がほとんどです)が、その地先の海を古くから利用したり管理してきた慣習の2つがあることをお話してみます。この管理や利用の慣習を権利のかたちにいい代えて「地先権」と呼ぶ場合がありますが、このような呼び方のほうが漁業者の皆さんへの説明としてはわかりやすいかもしれません。

そして、この10年間ぐらいの間にとても重要な、漁業者の皆さんにも直接関わる、海の利用と管理をめぐる裁判の判決がいくつも出ています。ひとことでいうと漁業権のなかでも共同漁業権についての法律の性格をめぐり、漁業者の意識と漁業の外側でくらす一般の市民の人々の持つ意識とに大きなズレが生じていて、この意識的な対立がいくつかの異なる法律の解釈ともあいまって少々やっかいな事態にも及ぶこともあるほどです。

しかし、この対立は、漁業者と漁業外の人々との意識的なずれからだけ生じてきているものなのでしょうか。意外にも漁業者のなかにも、現在の「漁業権」について誤解をしている場合もおおいのです。

結論として、そうした漁業者の生計を立てながら、暮らしの中でも地道に海を利用したり管理してきた積み重ねが、「地先権」と呼ぶ法律と同じような力を生み出しているのだということ、そして、この「地先権」によって、現実的には広く全国でマリンレジャーを楽しむ人々の海の利用を管理調整している実態があり、さらに関係行政当局もこうした慣習の存在を認めたうえで、トラブルが起こった当事者どうしの話し合いによる解決への道を指導している現状についてお話してみたいと思います。

 このような現状にあるなかで、裁判所の判断にゆだねる例も増えてきていますが、裁判所の判決の中には、さらにトラブルを引き起こしかねないような、漁民たちが共同に利用して営む漁業権の慣習的性格が否定されたり、海の利用と管理の調整にあたっての法的な根拠をめぐって裁判所の判断に食い違いが起こってきています。もちろん、訴訟事件の内容はすべて異なった利害の発生事由にもとづくものですから、異なった解釈があるのがむしろ当然ですが、沿岸漁業の根幹をなし、漁民たちが生計をたてるための基本的な権利である漁業権の法的性格に、正反対の異なる解釈を並存させているということが、はたして法治国家としての司法や行政の本来ある姿なのだろうか、ということにも言及してみようと思います。

 もう一つ、題目に使いました「海の『守り人 (もりびと) 』」ということばのもつ意味について最後にお話しようと思います。

これまで示したように、いろいろな誤解や解釈の違いによっていっそう理解を難しくさせている複雑な「漁業権」の法的な性格のなかに、海の資源維持や環境保全に果たしてきた、いわば「海を守る」効用があることを指摘したいのです。そして、漁業者には当然のように肌で感じて体得している、漁業権の慣習的性格への正しい理解と評価を漁業者と国民との触れ合う場において再確認し合う場や作業をふやすことによって、漁業権を活かす道を求めていくことが、「誰のものでもない」海を、「海はみんなのもの」という国民共有の財産として維持保全していくカギになるのではないかと考えています。

 TOP

漁業権とはどんな権利だろう

 

 日本をぐるりと取り囲んだ沿岸部や島嶼周辺部には、漁業を営む漁民たちが暮らす漁村がほとんどくまなく存在します。そして、漁村地域の地先には、漁業法で定められた「漁業権」が設定されています。

それでは、「漁業権」とは、どんな権利なのでしょうか。まず、漁業権の法律的な性格について、ごく簡潔にポイントだけを示しておきます。

 

 現行漁業法(昭和24年法律267号)には、次の三つの種類(第6条―漁業権の定義)の漁業権が規定されています。

 

  @ 定置漁業権(定置漁業を営む権利)

  A 区画漁業権(区画漁業=養殖業を営む権利)

  B 共同漁業権(共同漁業を営む権利。第1種から第5種の5種類)

 

 この他に、漁業権が設定されている漁場に、他地区の漁民が、昔からの慣習に基づき地元漁民たちの了解をえて入域して漁業を行うことのできる権利が、「入漁権(にゅうぎょけん)」(第7条)で、漁業権と同じ法律的性格を持ちます。

 

 また、地区の漁業協同組合が保有する漁業権(海草や貝類などの養殖を営む区画漁業権=特定区画漁業権、共同漁業権及び入漁権)ごとに定められた漁業権行使のための規則で決められた資格を持つ組合員が、漁業権の内容に基づいて漁業を営む権利(第8条)のことを「漁業行使権」とよんでいます。漁業行使権は、定置・区画・共同の漁業権及び入漁権と同様の法律的性格をもち、広い意味での「漁業権」に含めることができます。

 

 漁業権の「法律的性格」、あるいはその意義を、次の四点に整理しておきました。それぞれひとことでは言い尽くせるものではありませんが、以降更新の際に必要に応じてページを設けて具体的事例をあげながら、そのつど補っていくことにします。

 

  @ 「漁業」とは、水産動植物の採捕または養殖の事業をいう。(漁業法第2条)

  A 漁業権の設定は都道府県知事の「漁業の免許」による。(第10条)

  B 漁業の免許の内容は、漁業種類、漁場の位置、区域、漁業時期など。(第11条)

  C 漁業権は物権とみなし、土地に関する規定を準用する。(第23条)

 

 漁業権は、「物権とみなす」効果によって、権利者が漁業の免許によって特定された内容の漁業を行う利益を、漁業外の一般の人々に対して保護する権利の力を持ちます。「漁業の利益を一般人に対して保護する力」とは、つまり、利益を実現できるはずが、妨害されたり、あるいは妨害されるおそれがあるときは、その妨害を排除したり(妨害排除請求権)、あるいは予防することができること(妨害予防請求権)はもちろん、その漁業権と同じ内容のほかの権利の存在を認めない排他性を持つということなのです。

 ここで、重要なポイントは、漁業権はあくまで、漁業の利益実現の保護のために「物権とみなされる」排他性を一般人に対して持つのであって、土地のように直接に囲い込んで支配でき、すべて排除できる絶対的権利ではないということなのです。

つまり、漁業権とは、誰の所有物でもない「公共用物」としての海面を利用して、水産動物の採捕とか、水産動植物の養殖という漁業行為を保護する権利だからです。

 TOP

共同漁業権は「海の入会権」である

 

 ただ、これまで、ふれなかった漁業権のもうひとつの一番重要といってもよい法律的性格に、漁業権の入会的性格があります。陸上の農地や山林、里山の入会権(いりあいけん)に対して、「海の入会権」のような呼び方をすることがあります。漁業権のなかで、5種類ある共同漁業権のうち、海底に定着して棲息している水産動植物をとる採貝採草を主とした「第一種共同漁業権」(以下に記す「共同漁業権」は第1種をいう)、ノリ養殖やカキ養殖など集団的に漁場を管理しながら海面に支柱や柵を設置して養殖する「特定区画漁業権」、そして他地区の漁民が入り会って漁をする「入漁権」が、「海の入会権」の法的性格を有する権利として、現行漁業法のなかで構成されています。

 

 漁業権には、管理と免許の方法によって、漁業協同組合に免許され、漁協が管理する「組合管理漁業権」と、個人漁業者(あるいは共同経営組織)に免許される「経営者免許漁業権」に区分けされています。

 

 「組合管理漁業権」が、「海の入会権」である共同漁業権、特定区画漁業権、入漁権を、「経営者免許漁業権」が、定置漁業権やその他の区画漁業権のようないわば個人有漁業権のことをいいます。

 

 この区分けを示したのには、前者の「組合管理漁業権」の用語に含まれる、「組合管理」、つまり、漁業協同組合に免許され、保有する漁業権の管理の実態こそが、「海の入会権」の法律的性格の内容を示す、わかりやすい分類のし方だからです。

 

 日本の漁村には、江戸時代あるいはもっと古くから、すでに、現在の漁業権や入漁権の原型ができあがっていて、漁村の住民すなわち漁民集団が、地先の漁場を「一村専用漁場」とよび、その海面を所持したり管理をし、漁村の構成員である漁民各自は、「一村専用漁場(いっそんせんようぎょじょう)」で採貝採草や魚の採捕ができるという漁業慣行が成り立っていました。明治政府は、近代法制化にあたって、この「一村専用漁場」の漁業慣行を、全国的に詳細な実態調査に基づいて、「地先水面専用漁業権」及び「入漁権」という漁業権に構成して「漁業法」(明治34年法律第34号。この法律は、明治43年に全部改正。以下「明治漁業法」)を制定しました。

明治漁業法より5年前に民法(明治二十九年法律八九号)が制定され、いわゆる「陸の入会権」については、第263条(共有の性質を有する入会権)及び第294条(共有の性質を有しない入会権)において、「各地方の慣習に従う」という規定があるだけで、入会権の権利の内容にふれていません。

 ところが、民法では「慣習に従う」と権利主体を規定せず逃げてしまったのに対し、明治漁業法においては、漁村が「一村専用漁場」を漁民集団として管理し、漁民各自が漁業を営むという「海の入会権」の権利主体を明確に規定することに成功したのです。

 

つまり、江戸時代の漁業慣行であった「一村専用漁場」を持っていた漁村を、まず、集落(ムラ)単位に一個の「漁業組合」を作らせ、そのムラに属する漁民を漁業組合の「組合員」として位置付けた。そして、一村専用漁場の管理と利用の漁業慣行を「地先水面専用漁業権」とし、この漁業権の権利主体として、一ムラに一個の漁業組合に免許することとし、この漁業組合に漁業権の管理を任せ、漁業組合の組合員各自が、漁業を営む「漁業行使権」の権利主体として、漁業によって各自が得た収益については、組合員に帰属するという法律の構成を作り上げたのです。

 

 先述した、現代では組合管理漁業権とよんでいる漁業権の本質が、ここにみごとに表現されているのです。

 

このようにして、個人や法人が、物や権利を所有したり共有する場合の一般的な権利の概念とは、まったく異なる、権利の管理主体と権利の利用から生まれる収益の帰属主体とが分離した「海の入会権」の近代法制化が明治漁業法として誕生しました。

 明治漁業法では、制定当時には規定されていなかった漁業権の物権性および、権利の侵害者に対しての罰則規程を43年改正明治漁業法にもりこみ、組合管理漁業権という「海の入会権」の法律的な構成と性質は、現行漁業法においても、漁業協同組合と組合員との関係に、そのまま引き継がれているのです。

 TOP

「海の入会権」とはどういう権利なのでしょう?

 

 ちょっと古めかしい本ですが、『漁村の構造』(潮見俊孝著・1954年刊)という本の冒頭に、次のような文章がのっています。

 「わが国の漁村は、はなはだ複雑な構造を示している。このことは、漁業生産を規制するもっとも基礎的な生産手段である漁場の所有関係と、その経済的利用の形態が複雑であることによっている。そして、この漁場の所有および利用関係の法的な表現が漁業権制度にほかならない。」

 つまり、漁村の「複雑な構造」を作り出す主要な要因こそが、「海の入会権」であったのです。

 

具体的に、その複雑さのひとつとして先述した、「組合管理漁業権」の管理主体である漁業協同組合についてみてみましょう。

 

 「漁業協同組合」という名称のとおり、漁業協同組合は、水産業協同組合法(昭和23年法律242号)に基づいて設立される経済事業体です。そして、組合の設立自由、組合員の加入・脱退自由という、農協や生協の他の協同組合と同じ協同組合原則に立脚した法人組織が漁協であることはいうを待ちません。

しかし、一方で、明治漁業法の「漁業組合」以来の「海の入会権」の管理主体として、漁村地区の漁民総意を代表する管理組合組織としての性格をもつことも忘れてはいけません。

 

つまり、二つの異なる性格をあわせ持つ法人が漁協なのです。

 

 「海の入会権」の管理組合と、経済事業体としての協同組合の組織を二重に持つということは、農協組織とどこが違うのでしょうか。一番わかりやすい事例では、漁協どうしの「合併」による規模拡大や財産の統合のような場合にあらわれます。

 

 農協の場合であれば、村、村、村という三つの農協が合併してA市農協という合併農協ができたとします。三つの農協の組合員各自が所有する農地という不動産についてみれば、→Aに移行しても、農業生産の基本となる各自所有する個人資産になんの変動もおきません。旧村、旧村、旧村、それぞれの旧農協が所有していた財産の清算統合の合意がなされてA市農協に所有が移行するだけです。移行された土地や建物は、基本的にA市農協に所属することになった三つの旧農協をあわせた組合員が平等あるいは均等に所有したり利用できるものとなるだけです。

 

 ところが、漁業協同組合の場合には、そうはいきません。

 

村、村、村の三つの漁協に免許され、それぞれの漁協が管理していたそれぞれの共同漁業権(第1種*)を、とすると、農協が所有していた資産のように、合併してA市になったら、旧村漁協に免許され管理していたの共同漁業権は、A市漁協に免許されることになります。この場合、旧村漁協の組合員は当然として、旧村と旧村の所属組合員も旧村漁協の所属組合員と同じようにの権利の内容となる漁業を、平等に行使できるのでしょうか。そんなことは皆さんにお話をするまでもありませんね。

 

否である。

 

村漁協に免許され管理してきたという共同漁業権は、「一村専用漁場」の漁業慣行が明治漁業法において「地先水面専用漁業権」として構成され、そして、現行漁業法においては「共同漁業権」に引き継がれた「海の入会権」です。共同漁業権の内容となる漁業を、旧村に所属する資格を持った組合員()だけが行える権利が「漁業行使権」なのであり、合併してA市漁協に免許されることになったとしても、における漁業行使権は、A市漁協の支所となった村という漁業集団に属するにしか与えられない。これが、「海の入会権」なのです。

 

模式図 sorry under construction

 

 こうした共同漁業権の入会権的性格は、これまでの法律の改正においてもまったく不変のまま現在に引き継がれています。私の先生である浜本幸生さんの言葉を借りれば、「漁業法の哲学」ということが、漁業法制度の根幹に貫かれているのです。そして、現在水産基本法や、漁業法の改正作業が行政当局から国会に上程され近く成立することになります。このように大きな法制定や法改正が行われていても、この根幹は揺るぎがありません。水産庁当局も、共同漁業権の法律的な性格については不変の姿勢は貫き通しつづけているのです。

 

 共同漁業権の入会権的性質は、漁業者の尊厳であり、誰からも犯すことはできない漁業漁村の財産です。

 

 この財産を守ることは、漁業・漁村そして漁業者の役目であり、この役目を立派に果たしながら、海という自然環境を国民にかわって利用・管理し、よりよい海の環境に維持していく仕事こそが、「海の『守り人』」のことばの持つ意味なのです。

TOP


HOME  海って誰のものだろう?のTOPにBACK  海INDEX

 


link free リンクをしていただく方ヘのお願い

copyright 2002〜2010,manabooks-m.nakajima 

keyword=gyogyou,gyogyouken,kyoudougyogyouken,

iriai,iriaiken,uminoiriaiken,moribito,uminomoribito,gyokyou,gyogyoukyoudoukumiai,

noukyou,nougyoukyoudoukumiai,uminoriyoutokanri,umittedarenomono,

komonzu,commons,common,souyuu,kyouyuu,kyo-do-gyogyo-ken,

minpou,gyogyouhou,gyogyouhounotetugaku,

gyogyoukousiken,tisakiken,kumiaikanrigyogyouken,keieisyamenkyogyogyouken,

issonsenyougyojou,,fishing right,common of piscary right,piscary

kankyou,satoyama,satoumi,fisheries low of japan