漁業経済学会報告メモ
鹿児島地裁・馬毛島(まげじま)採石事業差止め仮処分の画期的決定速報
水口憲哉 Profile(2002年6月10日)
001 海を守るということはどういうことか?|002熊本県川辺川ダム漁業権強制収用への疑問
New!!漁業権は財産権である!!|
New!!投稿―強制収用委員会への意見書(やつしろ川漁師組合)
資料1「漁民にとって真の漁業権を再生するための考察」(1985年漁業経済学会報告)
資料2「鹿児島地裁平成13年馬毛島採石工事等差止仮処分命令申立事件」決定抄録
記事1「南日本新聞:馬毛島採石工事差し止め命令」|記事2「南日本新聞:漁民らの願い届いた」
資料4ー表@A「漁業権と漁業行使権の効力による工事差し止め仮処分・裁判事例」
参考―馬毛島漁業権関連リンク
水口先生から久しぶりに電話がかかってきた。東京水産大学資源維持研究室にお伺いした時以来だから2年ぶりだろうか。ぼくが、漁業権の本を出そうと構想を練っていたとき、時々先生の所に刺激を受けにいくというより、自分にカツを入れにいくのだが、ぶらりと訪ねていって、議論をはじめると2時間、3時間があっという間に過ぎていった。「海の『守り人』論」という本を企画するときには、浜本幸生さんと対談をしてもらって、「水産資源管理と漁業権の役割」について延々5時間ぐらいのテープを回したと思う。
今度漁業経済学会で報告するんだが、情報交換しないか、ということだったから、渋谷で待ち合わせて2時間ぐらい話した。相変わらずの勢力的な行動に大いに刺激を受けたのだが、先生から「画期的だよ」と「鹿児島県馬毛島の採石事業を漁業権の物権的請求権の効力で差止めの仮処分決定(鹿児島地裁)」の話しには、思わず相槌をうって、さらに現地の事情や、仮処分決定の意味の大きさを説明していただいた。
このときいただいた資料や送ってきていただいたメモが、本ページである。漁業経済学会5月25日・第49回大会での「最高裁平成元年判決と漁業行使権」と題する一般報告のレジュメと資料に若干のコメントを加えていただいた。
みずぐち・けんや=1941年生まれ。東京水産大学卒。東京大学農学系大学院終了。現在東京水産大学資源維持研究室。農学博士。人と水と魚の関係学の成果をいかし各地の自然水系の破壊する原子力発電所や乱開発事業に反対する漁民運動や市民運動に自ら飛びこむ行動力で全国を飛びまわっている。アゴヒゲがトレードマーク。
最高裁平成元年判決問題と漁業行使権
水口憲哉〈2002年5月25日漁業経済学会報告要旨及びメモ〉
〔問題の所在〕 共同漁業権は入会権的権利ではないとした最高裁平成元年第一小法廷判決については、浜本幸生氏の1999年10月に最後の著作として発行された『共同漁業権論―平成元年七月十三日最高裁判決批判』(まな出版企画)がその問題点を徹底的に摘出し、完膚無きまでに批判し尽くしている。
しかし、この2、3年、漁業権侵害を問題とする少数の漁民の提訴に対し被告たる開発者(国又は企業等)が上記最高裁判決を拠り所として組合員個人や漁民に漁業権の存在を認めることはできず原告適格を欠くと主張する例が多くなってきている。これは、共同漁業権及び上記判決をも曲解する論理展開といえる。
しかし、2002年2月27日の鹿児島地裁平成13年(ヨ)第45号採石工事等差止仮処分命令申立事件での決定に見られるように、被告らの主張の誤りを正し、結果として上記最高裁判決の影響力を弱小化させる判断が行なわれ出している。
〔具体的事例と分析視角〕 報告者が現在関わっている次の4つの裁判と公害調停について上記の観点から分析を行なう。
(1) 山口地裁平成12年(ワ)第79号漁業補償契約無効確認請求事件 原告:祝島漁業協同組合外3名。被告:株式会社中国電力外3名。
(2) 富山県公害審査会2001年公害紛争調停 申請人:佐藤宗雄ら漁民17名。相手方:関西電力及び国土交通省。
(3) 鹿児島地裁平成13年(ヨ)第45号採石工事等差止仮処分命令申立事件 債権者:濱田純男ら漁民11名。債務者:馬毛島開発株式会社。
(4) 熊本地裁平成13年(行ウ)第4号川辺川ダム建設にかかる工事認定処分取消請求事件 原告:吉村勝徳外31名。被告:国土交通大臣。
事例(1)については、昨年の本大会で報告したように、県知事許可漁業や自由漁業の漁業補償という問題から組合管理漁業権で漁業行使権を包括することの限界が明らかになりつつある。
(2)の事例は、(1)でもそうなのだが、原告適格の問題はクリアし、具体的漁業被害の実質的審理に入っている。
(3)は、約1年にわたって漁業権論争もされ、債務者の側では最高裁平成元年判決も指摘して、共同漁業権を有する漁協自体は同意していると争ったが、鹿児島地裁は、共同漁業権論争を乗り越えて、組合員たる漁民の有する漁業行使権の権利性を認めたものである。
(4)の事例は、現在、熊本県土地収用委員会で審議中でもあり緊急の問題として本報告で中心的に扱う。
〔結果・及び考察〕 1985年の本学会第32回大会において報告した「漁民にとっての真の漁業権を再生するための考察」は当時各地で進行していた漁業権放棄の無効を訴える漁民を原告とする訴訟について、原子力船「むつ」の母港建設に反対するむつ市北関根の漁民1名が提訴した公有水面埋立差止等請求事件を中心課題として検討したものであった。そこでは公有水面埋立法と組合管理の共同漁業権と組合員の漁業行使権との関係について漁業補償の取り扱いをめぐって論議された。
これらに対する一つの判断としても平成元年最高裁判決があったわけだが、それは本質的検討を避けた見当違いなものであった。
川辺川ダム建設問題でも問題となる法律は異なるが、基本的構造は関根浜の事例と同様である。
すなわち、公有水面埋立法を超えた土地収用法と球磨川漁協がダム建設による埋立を同意していない漁業権の消滅とダム建設によるその上下流地域及び河口域の八代漁協漁場における漁業への影響との関係について以下の点で検討する必要がある。
@漁業権に関して一部漁場だけの強制収用の可否。
A全川一体となっている総合員の漁業行使権の強制収用。
B上記2項と漁業補償の関係
C河口域の河川及び海面に漁業権をもつ八代漁協への補償。
この20年間漁場破壊から海を守る漁民の闘いに取り組む中で漁業権の問題をいろいろな形で考えてきた。その一部を人々に問いかけた私の最初の報告が1985年の漁業経済学会第32回大会報告である(資料1)。
そして先月末の漁業経済学会第49回大会においてこの間の漁業権の問題への取り組みの中間的総括を、冒頭に整理した報告要旨にまとめた。
ここにおいても述べているように2002年2月27日の「鹿児島地裁平成13年(ヨ)第45号採石工事等差止仮処分命令申立事件」における決定(資料2・「決定」内容を抄録)のもつ意味はいくら強調してもし過ぎるということはない。それを報じた2月28日の南日本新聞の記事(資料3)の“漁の権利侵す恐れ”や“漁民ら「願い届いた」”という見出しは、この20年間の取り組みの中で切望していたものであり、風成判決以来の快挙といえる。
1985年当時(資料1)と2002年(資料2)における共に少数の組合員による漁業権の扱いをめぐっての提訴の違い、すなわち「平成元年7月13日最高裁判決」と「2002年2月27日鹿児島地裁決定」との違いは次の二つのことで特徴づけられる。
(1)1985年当時の訴訟事件のほとんどが、漁業権の放棄と漁業補償の受取同意が漁協総会で3分の2以上の決議と同意で決定されているのに対し、2002年現在の訴訟事件は漁協総会における3分の2以上の同意と決議が無く、共同漁業権が健全な形で維持されている。
(2)1985年当時の訴訟事件のほとんどの被告が漁協や県であるのに対して、2002年現在の訴訟事件の被告が開発主体の企業や国であることの違いの持つ意味は大きい。
なお、1984年1月に日本原子力船開発事業団を相手取って提訴された公有水面埋立差止等請求事件の唯一名の原告である松橋幸四郎氏は現在関根浜漁協の組合長として核廃棄物貯蔵施設建設のための海洋調査に同意していない。
以上のことはまさに、この20年間の漁民の闘いの成果といえる。そのさきがけというか息吹を『海の「守り人」論』(まな出版企画。1996年刊)の中で浜本さんとじっくりと語り合っているので、同書で興味のある方は一読願いたい。
●資料1 1985年漁業経済学会第32回大会発表要旨(1985年6月1日・日本大学)
「6.漁民にとっての真の漁業権を再生するための考察」
水口憲哉
昨年11月、志布志湾国家石油備蓄基地建設にともなう公有水面埋立免許の取り消しを請求する訴えが志布志湾岸の漁民ら22名によって鹿児島地裁に対し行われた。この訴えの主旨は、漁業権者たる関係地区漁民全員の同意を得ずになされた公有水面埋立免許処分は違法であり取り消されなければならないとするものである。すなわち、漁業権が入会漁民としての関係部落民の総有に属するものであるから、1人でも埋立に不同意の漁民がいれば、この免許処分は無効であるとの主張といえる。
これは、現在の漁業法と水産業協同組合法のもとにおける、一組合員たる漁民にとっての漁業権の様態を点検することを求めているが、それと同時にその作業は、各地でここ3〜4年進行している漁業権放棄の無効を訴える漁民を原告とする訴訟の比較検討を行うことも必要とする。
原子力発電所、原子力船の母港、石油備蓄基地、空港等の建設にともなう漁場の埋め立てをめぐって起こっている漁業権放棄の問題には、いくつかの焦点がある。
@ 文書同意:漁業法8条の規定にもとづく措置であるが、いわゆる風成判決以後、組合総会のやりなおしが指導されるなど(青森県関根浜)争点とはなっていない。
A 組合員資格:水産行政の混乱もあり、矛盾の多い措置が各県で取られている(同上関根浜、長崎県上五島)
B 漁業権の一斉切り替え:漁業権及び漁業調整等の漁民にとっての意味が周知されないまま事務的に実施された結果、漁民に不利益が生じている。(石川県富来、同上上五島、沖縄県石垣)
共同漁業権に対する漁民の権利関係については、法人たる組合が管理権を有し、組合員を構成員とする入会集団(漁民集団)が収益機能を分有するというのが現在多数によって採用されている考え方である。(福岡高裁における総会決議無効確認請求控訴事件に関する1985年3月20日付の判決(昭和57年(ネ)第607号に関する)参照)
その結果、漁業権の放棄は組合員の3分の2以上の同意と決議で決定され、埋立計画も進行するが、共同漁業権消滅補償金の配分が全員の同意を得られないまま、一部の支払いが宙に浮いたままの例が青森県関根浜、六ヵ所、鹿児島県志布志など各地で見られる。 TOP
●資料2 「鹿児島地裁平成13年(ヨ)第45号採石工事等差止仮処分命令申立事件」における決定(2002年2月27日)の抄録
平成13年(ヨ)第45号 採石工事等差止仮処分命令申立事件
決 定
当事者の表示 別紙当事者目録記載のとおり
主 文
1 債務者は、本案の第一審判決言渡しに至るまで、別紙土地目録(2)記載の各土地において、土地の掘削、採石及び樹木の伐採をしてはならない。
2 別紙当事者目録債権者B欄ないしE欄記載の債権者らの申立てをいずれも却下する。
3 申立費用は、別紙当事者目録債権者A欄記載の債権者らに生じた費用と債務者に生じた費用を債務者の負担とし、同目録債権者B欄ないしE欄記載の債権者らに生じた費用を同債権者らの負担とする。
理 由
第1 申立て
主文1項と同旨
第2 事案の概要
1 本件は、鹿児島県西之表市馬毛島内の別紙土地目録(2)記載の各土地において採石工事を行おうとする債務者に対し、同工事によって漁場が荒らされ、馬毛島及び周辺海域の自然が破壊されるおそれがあるとして、別紙当事者目録債権者A欄及びB欄記載の債権者らは漁業を営む権利に基づき、同目録債権者A欄ないしE欄記載の債権者ら(以下、同目録各欄ごとの債権者らをそれぞれ「債権者A」ないし「債権者E」と総称する。)は自然享有権に基づき、同工事の差止めを求めている事案である。
2 前提事実(該当箇所に疎明資料を掲げた事実は、当該疎明資料によって明らかに認められる事実であり、その余は、争いのない事実である。)
(以下中略)
イ 債務者
債権者らが、真に本案訴訟の準備をしているかどうかは疑わしい。また、債務者が通行妨害禁止の仮処分の申立てを取り下げたのは、通行につき地権者の約3分の2から承諾を得たからである。
債権者らが侵害されると主張する漁場の範囲は、採石工事現場付近という限られた範囲であり、債務者が認可を受けて採石工事を予定している範囲は、馬毛島全体の面積の1パーセントにも達しない限られた部分である。
よって、債権者らが主張する侵害の程度は微少なものである。また、マゲシカは繁殖しすぎて飽和状態にあり、馬毛島以外の場所においても生息しており、絶滅の危機にさらされる危険はほとんどない。ソテツについても、債務者は工事現場内において伐採したことはなく、工事現場以外の場所にも生息、している。このように、債務者の採石工事が適法であるにもかかわらず、仮に差し止められることとなれば、採石のために莫大な投資をした債務者は、取り返しのつかない経済的損失を被ることになる。
以上より、債権者らに保全の必要性は認められない。
第3 争点に対する判断
1 漁業を営む権利の侵害について(債権者A及び債権者B関係・争点(1))
(1) 債権者Aの漁業を営む権利について
ア 本件疎明資料(甲35、36の2、49の1ないし3)によれば、次の事実が認められる。
(ア) 債権者Aは、いずれも鹿児島県西之表市に住所を有する種子島漁脇の組合員である。
(イ)種子島漁協は、西之表市馬毛島地先、最大高潮時海岸線及びその沖合3000メートルの線によって囲まれた区域(ただし、葉山漁港内の一部を除く。以下「馬毛島周辺海域」という。)について共同漁業権を有している(熊共第2号共同漁業権)。
(ウ)種子島漁業協同組合熊共第2号第1種共同漁業権行使規則には、同共同漁業権の内容である、とこぶし漁業、くろちようがい漁業、てんぐさ漁業、あおのり漁業、ふのり漁業、いわのり漁業、いせえび漁業、たこ漁業、うに漁業、あなご漁業について、その漁業を営む権利を有する者の資格は、個人である組合員であって、西之表市に住所を有する者であることと定められている。
イ したがって、債権者Aは、いずれも馬毛島周辺海域において、熊共第2号第1種共同漁業権の内容である、とこぶし漁業、くろちょうがい漁業、てんぐさ漁業、あおのり漁業、ふのり漁業、いわのり漁業、いせえび漁業、たこ漁業、うに漁業、あなご漁業を営む権利を有するものと認められる。
ウ ところで、漁業法8条1項は、漁業協同組合の組合員であって、当該漁業協同組合がその有する共同漁業権ごとに制定する漁業権行使規則で規定する資格に該当するものは、当該漁業協同組合の有する共同漁業権の範囲内において漁業を営む権利を有する旨定めている。この規定は、共同漁業権のような管理漁業権については、漁業権者である漁業協同組合が自ら権利を行使するのではなく、当該組合に所属し、一定の資格を有する組合員に権利を行使させるという実態を前提として、同組合員各自が「漁業を営む権利」を分有していることを法定したものと解される。そして、この漁業を営む権利は、漁業権そのものではないが、それと不可分であり、かつ、その具体化された形態であるから、漁業権が物権とみなされる(漁業法23条1項)のと同じく、物権的性格を有し、これが侵害された場合には、妨害排除請求権や妨害予防請求権等の物権的請求権が発生するものと解される。
エ よって、債務者の行う採石工事が、このような債権者Aの漁業を営む権利を侵害し、又は侵害するおそれがあると認められる場合には、職業選択の自由や人格権としての債権者らの主張について検討するまでもなく、妨害排除請求権又は妨害予防請求権の行使として、その差止請求が認められる。
なお、債務者は、債権者Aの中でも、すべての債権者が馬毛島付近で漁をして生計を立てているのではないと主張し、これを裏付ける疎明資料として陳述書(乙52)を提出するが、前記のとおり、漁業を営む権利の有無は、各人の具体的な漁業形態によって左右されるものではない。
(2) 債権者Aの漁業を営む権利の侵害について
ア 前記第2、2で認定の事実に、本件疎明資料(甲8、17の1、2、甲28、31の2ないし、し4、甲33、38、39、40の1ないし24、甲45、47、48の1、甲56、63、68の1ないし19、乙1の1ないし3、乙28、32、36、43、44、51、55、63、68)及び審尋の全趣旨(釈明処分としての検証を含む。以下同じ。)を総合すれば、次の事実が認められる(なお、重要な疎明資料は、該当箇所に掲げる。)。
(ア) 馬毛島の海岸線はなだらかなところが多く、北部に房瀬、南東部に横瀬及び人瀬、南部に高瀬、南西部に女瀬及び垣瀬、北西部に大平瀬、片平瀬及び小瀬といった浅瀬を有している。そのため、トコブシ、イセエビ、キビナゴ、ミズイカ、トビウオ、アサヒガニなどの魚介類が豊富であり、特に、アワビの一種であるトコブシは、磯の岩や石の下に多く生息し、これらの浅瀬付近を中心として潜水漁が行われている。
馬毛島の北部及び西部は乾燥しているが、南東部は全体的に湿った土地であり、もともと横瀬付近にあった沢筋には、ほぼ1年中水が流れ出ていた(債権者ら主張の「本件河川」と同じものを指す。以下「本件沢筋」という。)。
馬毛島の土壌は、熊毛層の砂岩及び頁岩の風化したものである。
(イ) 債務者は……〔以下略、中略〕 ……このままの状態で採石工事が継続された場合には、汚濁水が海へ流出し、馬毛島周辺海域の魚介類、特に自ら移動する手段を持たないトコブシ等の貝類の生息環境に重大な影響を与え、死滅させてしまう可能性があると認められる(なお、債権者らは、火薬使用による環境影響や魚付林伐採による漁場への影響についても主張するが、前者については本件各疎明資料によってもこれを認めるに足りず、後者については、そもそも採石工事現場付近に魚付林が存在することを認めるに足りる疎明資料がない。)。
そうすると、債務者が行おうとする採石工事によって、債権者Aの馬毛島周辺海域において漁業を営む権利が侵害されるおそれがあるから、妨害予防請求権としての被保全権利が認められる(この判断は、債務者と種子島漁協の間で、債務者が実施する採石事業に伴う漁業に対する公害防止及び被害を与えた場合の措置について定めた馬毛島砕石場公害防止協定が締結されていることを考慮してもくつがえるものではない。)。
(3) 債権者Bの漁業を営む権利の侵害について
債権者Bは、いずれも鹿児島県の屋久島に在住し、馬毛島から南西約30キロメートルの近距離にある屋久島海域で沿岸漁業を営んでおり、債務者の採石工事によって汚染が拡大した場合には、その漁業を営む権利が侵害されると主張するが、本件の全疎明資料によってもこれを認めるに足りない。
2 自然享有権の侵害について(債権者Aないし債権者E関係・争点(2))
債権者Aないし債権者Eは、債務者の採石工事により、馬毛島及び周辺海域の自然環境に大きな影響の出ることが予測されるとして、憲法13条及び25条又は環境基本法3条を根拠とする自然享有権に基づき、探石工事の差止めを請求している。
しかしながら、憲法のこれらの規定が自然享有権を個人の権利として保障したものとは解されないし、環境基本法3条は、現在及び将来の世代の人間が健全で恵み豊かな環境の恵沢を享受するとともに人類の存続の基盤である環境が将来にわたって維持されるように適切に行わなければならないとの国、地方公共団体、事業者及び国民の一般的な責務を定めたものであって、自然享有権について規定したものとは解されず、他に実定法上自然享有権の根拠となるような規定も見出しがたい。また、自然享有権については、享有主体、範囲、要件、効果等は明確でないから、このような権利の効果として、私人を相手方とする差止請求を認めるのは困難である。
よって、その余の点を検討するまでもなく、債権者Aないし債権者Eが主張する自然享有権を理由とする被保全権利は認められない。
3 保全の必要性について(争点(3))
債権者Aが侵害されるおそれのある権利は、馬毛島岡辺海域において漁業を営むという、債権者Aの生計維持に関わる重要な権利であり、漁場はいったん荒れてしまえば、その回復は極めて困難であり、回復に長期間を要するものと認められる。これに対し、債務者が行おうとする採石工事については、以上に認定したところにより、債権者Aの漁業を営む権利に対してより配慮した措置を講じた上で行うことが可能であると認められる。
そうすると、そのような措置が講じられていない現段階においては、採石工事を差し止める必要があるというべきである。
4 以上によれば、債権者Aの請求は理由があるから、担保を立てさせないでこれを認容し、債権者Bないし債権者Eの請求は理由がないからこれを却下することとし、主文のとおり決定する。
平成14年2月27日
鹿児島地方裁判所
裁判長裁判官 平 田 豊
●資料3 平成13年(ヨ)第45号採石工事等差止仮処分命令申立事件決定に関して報道をした新聞記事
≪南日本新聞≫2002年2月28日
○記事タイトル=馬毛島採石工事差し止め命令―鹿児島地裁が仮処分申決定「漁の権利侵す恐れ」
○記事本文=西之表市沖の馬毛島で進む採石事業をめぐり、同市の漁業者12人を含む住民ら425人と市民団体「馬毛島の自然を守る会」が事業者の馬毛島開発本社・西之表市、立石勲社長)に工事差し止めを求めた仮処分申請で鹿児島地裁(平田豊裁判長)は27日、同市の漁業者については「漁業を営む権利を侵害する恐れがある」として申し立てを認め、同社に工事差し止めを命じる決定をした。申立人側の代理人によると、操業中の事業を差し止める決定は極めて珍しいという。
同仮処分は、昨年3月に申請。これまでの審尋で、申立人側は「採石工事の掘削などによって汚濁水が海に流れ、漁場が荒らされる」などと主張。馬毛島開発側は「貯水池や沈砂池などの汚濁水防止策をとっている」などと反論していた。
平田裁判長は決定理由で、「貯水池の設置にもかかわらず、採石場内に雨水が流入する可能性は高い。また馬毛島は平たんな島であり、沈砂池が雨水こう配による集水構造になっているとは認められない」と指摘。「馬毛島開発の汚濁水防止策は適正であるとは認められない」と結論付けた。
その上で「このまま採石工事が継続されれば、島周辺海域の魚介類に重大な影響を与える可能性があり、(西之表市の漁業者12人は)漁業を営む権利を侵害される恐れがある」として、工事差し止めを命令。自然享有権を根拠とした種子島島民らや市民団体の申し立てについては「憲法上保障された権利とはいえない」として却下した。
申立人らは既に鹿児島地裁に工事差し止めを求めて提訴しており、馬毛島の採石事業の是非は今後、同訴訟で争われるとみられる。また同事業をめぐっては、馬毛島開発が機材搬入などに使う土地の売買契約無効確認の民事訴訟、県の採石認可取り消しを求めた行政訴訟も起きている。
申立人側代理人の蔵元淳弁護士は「自然への深い洞察に基づいた画期的な決定。仮処分とはいえ、一年という異例の長期審尋で議論を尽くしており、本裁判や行政訴訟に与える影響も大きいのではないか」と評価。馬毛島開発側は「立石社長が不在のため、コメントできない」としている。事業を認可した県工業振興課は「県は当事者ではないので、意見をする立場にない」と話した。
仮処分命令 民事保全法に基づく保全命令の一つ。係争物の現状変更によって申立への権利行使ができなくなる恐れがある場合などに認められ、被申立人に一定の行為の終止などが命じられる。被申立人は保全異議や起訴命令申し立てで対抗できる。
≪南日本新聞≫2002年2月28日
○記事タイトル=馬毛島採石差し止め、漁民ら「願い届いた」
「被害聞いていない」と漁協
○記事本文=西之表市の馬毛島で進行中の採石事業に待ったをかけた27日の鹿児島地裁(平田豊裁判長)工事差し止めの仮処分決定。「豊かな海を守りたいという声がようやく届いた。本裁判も勝ちたい」と申し立てをした漁業者らは意気込んだ。一方、同市の種子島漁協は「県や国の公害等調整委員会(公調委)は事業を認めたのになぜ」と困惑の表情をみせた。(1面参照)
仮処分申立人の同市西之表、漁業坂口嘉和さん(37)らは、県の認可処分の取り消しを求めて公調委に裁定を申請。昨年7月の裁定は「魚介類の生息が妨げられるほどの影響は認められない」だった。「行政不信が募っていた。主張が認められてうれしい。糸口が見えてきた」と坂口さんら。
申立人の代理人・菅野庄一弁護士は「県や公調委の調査の不十分さが明らかになった。裁判所は現地検証で、土砂流出を確認しており、当然の結論」と強調する。
馬毛島の自然を守る会の長野広美・事務局長は「自然享有権は認めなかったが市民の声を受け止めた意義は大きい。(自然享有権は)本裁判でも争いたい」と話した。
波紋も広がった。県の認可を受け種子島漁協は昨年4月、同市の立ち会いの下、馬毛島開発と公害防止協定を締結。吉田孝志専務理事(60)は「漁協独自に委員会を設け調査している。漁業への被害は聞いていないのだが……」と驚きを隠せない。
馬毛島開発は本社を東京から馬毛島に移転。現在、従業員12人が同島に住む。落合浩英市長は「今後の成り行きを見守りたい」と話した。
馬毛島採石事業をめぐる動き
2000年8月9日 鹿児島県が馬毛島開発の採石事業を認可
10月6日 市民団体「馬毛島の自然を守る会」メンバーが公害等調整委員会に採石認可取り消しの裁定申請
01年3月8日 西之表市の漁業者らが鹿児島地裁に採石工事表し止めの仮処分を申請
7月16日 公害等調整委員会が認可取り消し裁定申請を棄却
9月17日 工事差し止め仮処分申請で、鹿児島地裁が異例の現地検証
28日 県が2年間の認可延長を決定
11月14日 漁業者側が「馬毛島開発が機材搬入に使用している土地の売買契約は無効」と提訴
12月25日 漁業者側が県の採石認可延長取り消しを求めて提訴
02年1月22日 マゲシ力も原告に加えて漁業者側が工事差し止めを求めて提訴 2月27月 鹿児島地裁が工事差し止めの仮処分命令を決定
資料4
表@ 「漁業権等にもとづく公共事業の工事差し止め仮処分申請等の事例」
訴訟事件名 |
提訴 期日 |
担当裁判所又は公害審査会 |
原告又は申請人 |
被告又は被申請人 |
問題とされる事業 |
漁業補償契約無効確認請求事件 |
2000 6.21 |
山口地裁 |
祝島漁協外3名 |
中国電力外3名 |
上関原発建設計画 |
採石工事等差止仮処分命令申立事件 |
2001 3.8 |
鹿児島地裁 |
濱田純男ら漁民11名 ★ |
馬毛島開発 |
採石事業(→航路掘削事業) |
川辺川ダム建設に係わる事業認定処分取消請求事件 |
2001 3.― |
熊本地裁 |
吉村勝徳ら漁民32名 |
国土交通省大臣林寛子 |
川辺川ダム建設事業 |
平成13年(調)第1号事件 |
2001 6.11 |
富山県公害審査会 |
佐藤宗雄ら漁民17名 |
関西電力及び国土交通省 |
出し平ダム及び宇奈月ダム排砂事業 |
★この他にも屋久島の漁民や自然享有権に基ずく市民からなる原告グループもあるが今回それらの請求は認められなかった。 |
訴訟事件名 |
提訴 期日 |
担当裁判所 |
原告 |
被告 |
埋立を伴う事業 |
総会決議無効確認請求事件 |
1980 8.23 |
青森地裁 |
上北郡六ヶ所村鷹架の漁民ら12名 |
六ヵ所村海水漁協 |
むつ小川原港港湾整備事業 |
漁業権放棄総会決議無効確認等請求事件 |
1982 3.1 |
長崎地裁 |
南松浦郡上五島町青方郷の漁民37名 |
上五島町漁協 上五島町 長崎県 |
石油洋上整備基地建設 |
公有水面埋立差止等請求事件 |
1984 1.17 |
青森地裁 |
むつ市北関根の漁民1名 |
日本原子力船研究開発事業団 |
原子力船「むつ」の母港建設 |
漁業権等確認請求事件 |
1984 3.9 |
那覇地裁 |
石垣市白保地区漁民33名 |
八重山漁協 沖縄県知事 |
新石垣空港建設 |
公有水面埋立免許取消請求事件 |
1984 11.9 |
鹿児島地裁 |
肝属郡高山町波見 の漁民ら22名 |
鹿児島県知事 |
志布志国家石油備蓄基地建設 |
年 |
漁業権関連の法改正等 |
漁業権等に関する判決 |
川辺川ダム建設問題 |
1948年 |
水産業協同組合法制定 |
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1949年 |
漁業法制定 |
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1962年 |
漁業法改正 第8条と漁協合併との関係 |
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1973年 |
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福岡高裁 「風成事件判決」 |
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1976年 |
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建設省川辺川ダム建設計画発表 |
1982年9月 |
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大分地裁 総会決議無効確認請求事件(いわゆる別大国道拡幅問題)判決 |
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1985年3月 |
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福岡高裁 総会決議無効確認請求控訴事件判決(同上) |
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1989年7月 |
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最高裁 総会決議無効確認請求事件判決(同上)―「 |
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1993年 |
漁業協同組合合併助成法改正 |
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2000年10月 |
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建設省九州地建 土地収用法に基づく事業認定申請 |
2001年2月 |
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球磨川漁業協同組合総代会において建設省提示の漁業補償受け入れを3分の2以上の賛成票無く否決 |
2001年 |
漁業法改正 第31条改正 |
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2001年11月 |
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球磨川漁業協同組合臨時総会において建設省提示の漁業補償受け入れを3分の2以上の賛成票無く否決 |
2001年12月 |
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国土交通省漁業権の強制収用裁決を求めて熊本県収用委員会に申請手続きを取る |
2002年2月 |
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鹿児島地裁 馬毛島採石事業停止仮処分決定 |
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