海って誰のものだろう?――004

覆砂問題を考えるための漁業権について

FISH-ML投稿にあたってのメモ―


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投稿―川辺川ダム強制収用委員会への意見書

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覆砂(ふくさ)問題に投稿されたみなさまへ

 

投稿のチャンスを逸していましたが、島田さんも指摘しておられるように漁業と漁業権について深く関わってくるので、人工海浜造成や覆砂事業及び海砂採取事業をも含めて問題点を整理しながらレスすることにしました。海の利用の仕組みを埋立や覆砂を一般的に考えたときに、関わってくる漁業権について整理しておきます。それぞれ、その仕組みが良いとか悪いとか、こうあるべきだのというMANAとしての意見や評価は入れていません。

 

まず第1点。基本的な海の利用と漁業権を理解するために、一般的に海を埋め立てるときに漁業権が登場する時の仕組みについてみてみましょう。

 (1)いま比較的沿岸(海岸)に近い海について考えてみましょう。Aという企業(自治体)がB県の範囲の地先に含む一定の範囲の水面を埋め立てようとします。現在の法律では、Aは、埋め立ての工事に着手するまえに県知事から公有水面埋立免許を受けなければいけないことになっています(公有水面埋立法)。

 (2)そうです。海は、まず「公有水面」という性格をもつということがでてきました。

 (3)国のものでも、だれの所有になるものでもない公共の用に属する水面ということです。漁業法では「公共用水面」といっている意味と同義です(公有水面=公共用水面の用語の意味は、完全イコールではないのですが、とりあえず「同義」ということにしておきましょう)。

 (4)公有水面埋立法では、免許をするために大きく2つの条件を規定しています。

    ア)国土利用上適正かつ合理性があって、環境保全や災害防止などを配慮した事業計画であること(前提となる基準)

    イ)埋立工事計画該当水面に権利者がいたとき、その権利者から同意を得なければいけないということとと、その対象となる権利者の特定(「漁業権者または入漁権者」[K1]のほか「法令で定めた水面専用の免許を取得しているもの」[K2]及び「排水権者」[K3])

 (5)前記(4)の権利者としては、実質的には「漁業権者」となるわけです。この漁業権者の同意を得た上で、埋立工事をすることにともなう損害賠償、いわゆる「漁業補償」をして、補償金も実質的に支払った(損害をこうむる漁業者が補償金を受諾≒受領した)段階にいたり免許がだされ工事に着手することになります。

第2点。ところで、ここでいう沿岸域の公共用水面の法律的な性格を再確認してみますと、公共用水面には国であろうと、個人であろうとだれも、「所有権」は設定できないことは田原湾訴訟最高裁判例他にあるとおりです。

第3点。「漁業権」(ここではとりあえず沿海地区に限りましょう)という権利は、そのいみでどんな権利なのでしょうか。結論からいえば、漁業や養殖業を営むために独占排他的に一定区域の水面を利用することのできる権利です(漁業法)。つまり「漁業権」は、「所有」の権利ではなく「利用」の権利なのです。

第4点。それでは「漁業権」者とはだれをいうのでしょうか。

 「漁業権」の権利主体のことです。漁業や養殖を営む漁業者個人(養殖や定置の場合には法人の場合もあります)です。しかし、この権利主体には、大きく分けると2つの性格のことなる「漁業権」の種類があります。

 (1)共同漁業権の種類……地区の漁協に知事が免許して組合員の該当する漁業をする個人がその漁業権をもとに漁業をする権利=「組合管理漁業権」という場合があります。

 (2)養殖等の区画漁業権の種類……一定の資格条件をクリアした個人や法人に直接免許され、そのものが漁業をする権利=「経営者免許漁業権」という場合があります。

第5点。それでは、漁業者が属する漁協(漁業協同組合)は、「漁業権」の2つの種類との関係でどういう立場にあるのでしょう。

 第4点(2)については、権利主体は免許された個人や法人であることは疑う余地はないことで明白です。(1)の「組合管理」の「漁業権」というのは、だれが権利の主体なのでしょうか。これも結論のみいいます。免許された漁協が漁業権の管理を行い、組合に属する漁業者が漁業権の行使をして漁業を営み得た収入は個人のものになるという、「漁業権」の「管理」権と「利用・収益」権とが、一つの権利に内包して現実には別々に権利の内容が働くという性格をもちます(漁業法、民法等)。

第6点。漁協が管理し、漁業者が行使し収益を得るという「漁業権」の性格は、わかりずらいですね。この点については、前提でMANAの意見や評価を書かないといいましたが、解釈がわかれています。

 (1)「地域漁協が管理し漁業者が行使し収益を受ける性格の権利」=総有説

 (2)免許された漁協こそが権利主体である。漁協に属する組合員(漁業者)の漁業を営む権利は、漁協の権利を使わせてもらっている社員権にすぎない=社員権説

第7点。MANAは、総有説こそが、現実の漁業と漁業者が海を漁場として利用してきた実態(慣習としても現実的にも)に即した解釈であると考えています。法律の専門家でもないMANAの個人的見解などではなく、民法の権威者と認められている我妻栄の論であり、長く水産庁の漁業法担当者であった浜本幸生の論でもあり、また水産行政レベルでの実践的な法解釈もそうなっています。社員権説との論争や最高裁判例との問題を話すと長くなりますからここまで。

第8点。実践的法解釈では総有説になるというのはどういうことか。この1点だけは、海の一般的利用についてとても重要な側面ですから話しておきましょう。

 つまり、公的私的事業にかかわらず、埋立事業や海に施設を構築したりすることで、「だれが被害を受けるのか」ということでわかります。その事業にかかる水面およびその周辺で漁業を営み収益をあげている漁業者が被害を受けます。免許をされる漁協という法人は、共同漁業権の漁業を営みませんから、被害は受けません(間接被害は受けますが、共同漁業権にかかる損害賠償という本質論としては受けません)。漁業補償の補償金は、したがって総有説にのっとるものっとらないまでも、漁業地区における被害を受ける漁業権の行使をして漁業を営む漁業者個々人に、被害に応じて配分されます。

第9点。それを、社員権説によると、漁業補償金は、被害を受け損失をこうむる漁業者個人個人に支払われるものではなく、漁協に一括して支払われた補償金は、「会計上も漁協という法人に支払われた漁協の所有物」ということになってしまいます。この是非を論ずることはそれほど複雑なことではなく、それぞれご判断下さればわかることだとおもいます。

第10点。「漁業権」の性格を考えるとき忘れてならない点があります。第1〜9の点が「漁業権」について書いていますが、漁業権が漁業権放棄などによって消滅した漁業権放棄済み水面のばあいに、埋立事業等が発生したばあいはどうでしょうか。これも結論のみ書きましょう。「漁業権」は、なくなっていますが、なくなった水面は、補償金を支払っても埋め立てずに放置しておいた事業者のものになるかと思えば、そうではありません。埋立てがなされなかったり、放棄済み水面として残った海面は「公共用水面」として、もとのだれのものでもない海面に戻るだけです。そして、「公共用水面」にもどれば、その水面では、釣りや刺し網など、漁業権の権利の内容には含まれない漁業(遊漁も)の権利が復活してきたり、漁業補償という双務契約事項には含まれていなかった新たな漁業行為や、他地区からの漁業者の入漁希望を排除することは現行法規上出来ない仕組みになっています。

第11点。第10点は、二重補償問題などきちんと説明をしないと誤解されるおそれもありますが、要は、なにがいいたかったというと、すでにこの水面は漁業補償がすんで漁業権が放棄された水面だから、新たに発生した海を利用する公共事業がおこっても、事業推進をするうえで合意形成を行う仕組みというてんでは、「漁業権」が免許されていない水面だからといって「漁業権が免許された水面」とくらべて、とくに簡単で事業がやりやすいと考えることはできないのです。

 

海の利用と漁業権との関係を具体的に考えた時の問題点

 

  こうした、シチめんどうくさい11点の理屈を踏まえて、人工海浜や覆砂事業について何が問題となっているのか、あるいはこれから問題となるのかを次ぎに整理をしてみました。

 

(1)これまでみなさんが議論をされてきましたように、砂を別の所からもってきて砂浜や砂地の海底にすることによってアサリや他の生物たちにどのような影響をあたえるのかがきちんと調査されて、その結果が公開されてきたか。そして、事業推進によってどんな効果(生物や生態、経済的)があるのか。

(2)事業者が覆砂事業を推進することによって、関係水面で営業を続けてきた漁業者その他の入域者に被害を被らせたり、こうむるおそれがある場合の被害実態の調査が行われ、実態に基づき損害賠償が正当な手続きで行われてきたか。

(3)覆砂事業を推進するに当たって、正当な合意手続きがとられてきたか。

(4)事業者と漁協との合意手続きはどうであったのか。

(5)漁協の所属組合員のなかでも被害を蒙ったりこうむるおそれのある関係漁業者を含めた漁協及び関係地区漁業者の合意手続きはきちんと行われたかどうか。

(6)地域住民との関係や、この地区で過去に起こった漁業補償案件で、正当なる補償が実施されていたか、あるいは契約内容について問題はなかったかなど、まだチェックしなければいけない点が出てくると思います。

(7)バブル崩壊以前の経済成長まっただなかに実施されてきた海面埋め立てや漁業権消滅補償等をともなう大型の規模の公共事業(現代も計画中のものがありますが)の場合は、事業主体である国や自治体と関係漁業者と漁協、地元住民のいろいろな立場の人それぞれの利害が比較的明確に現われていましたから、その公共事業の効果や利害については、地元意外の人にもわかりやすかったのですが、最近は、その事業の推進者と被害をこうむる関係当事者との関係がわかりにくくなってきているように思います。

(8)たとえば、自治体と市民と漁業者の代表ということで漁協が一体となって推進する、小規模埋立や海浜の造成などの海の利用事業があったとします。このばあい、漁協は事業推進主体であるとともに、事業にともなって被害をこうむる漁業者が属する補償を受けたり、あるいは事業推進に当たって反対をしたり注文をつけたりする当事者にもなります。このような立場にある漁協は、すでに冒頭みたように直接被害を受ける権利主体たりえません。

(9)最近になって、漁協の合併が進んでいますから、一定の狭い地域がまとまって漁村を作ってきた漁業権の権利主体を形作ってきた地域の漁民集団という存在も合併によって、旧漁協の支所になったりして、本当の権利主体が広域合併全体の漁業者どうしでもわかりにくくなっているのに、漁業の外側にいるひとにとっては、なおさら本当の権利主体者がだれであるのかが見えなくなってきているのです。

(10)漁協が合併によって大きくなった法人組織では、「漁業権」管理利用主体であるひとくくりにまとまった地域の漁民集団(漁村部落)は、漁協の全体からすると少数派になってしまうという傾向が益々強まっています。

(11)そのために、漁業権の権利内容を変更したり消滅させるような重要な決定をする場合の合意形成をする場合には、漁協の全体の中では絶対少数となってしまう関係地域の絶対多数の合意形成(3分の2以上)しかも書面でのこすきっちりとした合意手続きを求めて、その上で、利害関係にない者も多く含んでいる漁協全体の絶対多数の合意形成の手続きをするという法的な仕組みがとられています。

(12)そのような権利主体者を守る仕組みがあっても、鹿児島A島のTという地区では、昔からその地先で採取されてきた海砂の補償金を、直接被害を蒙っていない地区の漁業者が絶対多数となっている漁協がひとりじめしようとして、地元漁民(住民)への補償金の配分額を毎年削って、しまいには何年も未払いになったという事件が起きています。ここでは固有名詞はださないほうがよいので、ぼくのホームページの投稿レポートで興味のある人は読んでみてください。

  http://www.manabook.jp/moribito006-toen.htm

(13)海砂の採取について、あるいは人工海浜や覆砂問題について、自然の環境や生態系に影響を及ぼすということからの関心は、非常に高いのですが、今、漁業や漁村という内部で起きている問題にも是非正確に見ていかなくてはいけないのだと考えています。

(14)漁業者の数も少なくなり、漁業経営も厳しいなかで、漁村という地域の役割や漁業という産業の役割をどのように位置付けていくかを議論するうえでも、漁業権の性格や漁業者の地域の海の管理に果たしている役割の正確なる理解をすると、これから漁業権をちゃんといかしていけば、地域に根づいた必要な公共事業の推進にだって有効に働く役割をももつという点に注目されるようになるのだとおもいます。

 

MANA・なかじま

2003年7月24日記


 

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