おもしろお魚教室

[やさしい魚類学]

by Izumi Nakamura 

中村 泉(魚類学・舞鶴市在住)


MANAが長年尊敬してやまない中村泉さんの「やさしい魚類学」(京都府漁連「京漁連だより」掲載)を、先生との往復書簡によって先生の筆をいれていただき順次掲載することにする。京都大学農学部助教授として、舞鶴の水産実験場の研究室から地元の市場や漁場に足を運びながら、京都府漁連の機関誌に、1ヵ月に1度の連載をした「やさしい魚類学」は、20年近くも続いた。「高校生ぐらいの魚好きの人に関心を持って世界の海に飛び出してほしい」という、船乗り志望だった先生が、わかりやすく、魚類学、あるいは魚類行動学について1回3000字程度にまとめて、直筆のスケッチをまじえて掲載した。

 ぼくは、そんな先生とは、貝井春治郎さんの取材で長期取材を敢行したおり、マグロやカジキについてのおはなしを伺いに日参したことが縁でお付き合いを続けていただいてる。先生は、2002年京都大学を退官され、チュニジアの国立海洋科学技術研究所(INSTM)に招かれ所長のSientific Adviserとしてチュニジアに長期滞在をされている(現在帰国、舞鶴市を基点に世界の海を飛び回っています)。奥様の禮子さんからも、チュニジアや地中海の食文化や人々の暮らしのことについて「チュニジアだより」New!!Reiko's Essay チュニジア便りオーストラリア調査記)を送っていただ きました。合わせて、ご覧ください。


も・く・じ

はじめに

地球上に魚はどれぐらいいるのだろう

魚はニンジャである―目立つことと溶けこむこと

干支の魚[子(ねずみ)]

干支の魚[丑(うし)]

NEW !! 干支の魚[寅(とら)]

 

●干支の魚〔2〕 ・うし・ウシにちなむ魚

 

 昭和20年頃の終戦前後に、鳥取市で少年時代を過した筆者の脳裏には、その頃よく町なかや田んぼで見かけた牛(丑)のことが、おぼろげながら残っている。彼らはおとなしくて、あきらめきったようなあるいは悟りきったような顔をしていて、それでいて底力を内に秘めているようだった。しかし悟りきっているにしては、口をもぐもぐさせて細い糸のような涎を流したりしていて、なんだかだら
しなく、しまりない様子でもあった。また巨大な体躯で怪力を持っているにしては、鼻に輪を通されて、おとなしく黙って電柱などにつながれていたりして、なんとも得体の知れない動物だと子供心にも思ったものだった。
 そうした牛たちが日本の町角や田畑から姿を消してすでに久しい。最近はむしろ海外で牛に遭遇することが多い。今はベラクルス水族館の館長になっているルイス春日氏に昨年の夏、東京で開催された世界水族館会議の際に再会した。それで思い出されるのは、20数年前に氏がエチェベリア大統領の下で水産庁長官をしていた折に、メキシコ市を訪ねた時のことである。仕事も一段落ついた週末に氏は筆者を5万人収容のプラサ デ メヒコ闘牛場へと連れて行ってくれた。
 我々は最前列のすぼらしい席に着いた。まさしく、そこはソル イ ソンブラ(陽と陰)のソルに当るところであった。その時出て来た牛は5頭ぐらいだったと気憶しているが、どれもすぼらしく逞しく堂々としていて、黒光りする汗に光った体躯に精気が満ちあふれていた。案
の定三人の闘牛士が服を破られたり、角で空中にはね上げられたり、フェンスに打ちつけられたりした。その都度、待機していた闘牛士が数人出て来て牛の気をそらせたので、かなりの傷を負った闘牛士も事なきを得た。
 そしてどんなに強い牛も最後には屠られ、馬で曳かれて闘牛場から消えて行った。悲しい光景だった。それで牛はあんなにつぶらできれいな瞳に、あきらめと悟りを漂わせているのだと言うことが分った。
 10数年前に訪れたカルカッタの目ぬき通りの交叉点に座りこんで交通渋滞をひき起したのは、背中に大きなコブを持ち喉のあたりの肉の垂れ下った大きな白牛だった。インドの人達は牛にやさしく、決して手荒なことをしなかった。
 また数年前に訪れたインドネシアのジャワ島の見渡す限りの水田の中で、黙々とスキを曳いていた2頭立ての巨大な水牛の夕焼けに映えた神々しいまでの姿をまざまざと今思い浮かべることができる。
 さてこのあたりで、話を変えて、今年の干支にちなむウシの名がついた魚を探しに出かけなければ、本題に入る前に紙数がつきてしまうことになる。そこで内外の図鑑や辞典などをとり出して、牛にちなむ名を持つ魚を探索することにした。

 

〈図-1〉日本産ウシノシタ類19種のうちの3種:ササウシノ

シタ、ツノウシノシタおよびヒモウシノシタ(上から下へ)。

<図-2>上から下へ:ウシザメ、ウシエィ、ウシバナトビエ、ウシモツゴおよびウシサワラ。

          

 そうして、まず最初にウシノシタ科およびササウシノシタ科に属するタロウシノシタ、ナンヨウウシノシタ、ヒモウシノシタ、モンツキウシノシタ、ササウシノシタ、ガラスウシノシタ、ムスメウシノシタ、オトメウシノシタ、ミナミウシノシタ、モヨウウシノシタ、トビササウシノシタ、サザナミウシノシタ、セトウシノシタ、ツノウシノシタ、シマウシノシタ、オビウシノシタ、テングウシノシタ、アマミウシノシタおよびミナミウシノシタの19種(図1)に遭遇した。
 さらに注意深く軟骨魚類から硬骨魚類まで広く探し歩いて、ウシザメ、ウシエィ、ウシバナトビエィ、ウシモップおよびウシサワラの五種(図2)に行き当った。
 これらの魚にウシの名がついているのは、彼らと牛との間になんらかの共通点が存在することによる。その点を順を追って、少しく考察してみることにする。
 図1に示したように、ウシノシタ類は体形が文字通り牛の舌の形に似ていることから名づけられたと思われる。
 図2に示した5種については次のように考えられる。ウシザメは外洋域に適応したメジロザメ科メジロザメ属に属するサメで、全長3.5メートル余に達する。肉厚の頑丈な体躯は雄牛のそれを思わす。ウシエイはアカエイ属のエイで鞭のような尾鰭を持っているので、それが丁度牛のしっぽのように見える。ウシバナトビエイはトビエイ科のエイで、前方に突出した頭部を持っていて、それがまるで牛の
鼻のように見える。ウシモツゴはコイ科モツゴ属に属する小魚で、平野部の池沼に生息する。本種は小魚ながら、盛り上った肩と部厚い体形がなんとなく牛を思わせる。最後に、ウシサワラはサバ科サワラ属に位置する全長2メートルを超える大魚である。本種のいかつく頑丈な体躯が巨大な体躯の雄牛を思い起こさせる。
 外国(イギリス、アメリカ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、南アフリカなどの英語圏)でも、日本での名づけ方と同様に、tongue fish(舌魚)とウシノシタ科魚類に名づけているが、その舌を牛のものとは特定しないで単なる舌としている。我国と同様の観点からの命名としては、トビエイ科のエイをcownose rayと、アカエイ属の一種をcowtail rayとそれぞれ呼んでいる例があった。
 

<図-3>上から下へ:cowfish(=コンゴウフグ、頭部の軸を牛の角にみたてて)、oxeye hering(=イセゴイ、つぶらな眼を牛の眼になぞらえて)、oxeye dory(=マトウダイの仲間,まん丸い眼と牛の眼との類似から)およびoxeye scad(=メアジ属の1種、牛の眼に似ている眼によって)。

<図-4>上から下へ:ウシシビ(=クロマグロ、ウシは大きいことを表現していると思われ、シビはマグロの古い名前)、ウシベロ(=アカシタビラメ、ウシノシタと同工異曲の命名)およびウシズラ(=カワハギ,牛の顔つきに似ていることからつけられたと思われ、馬の顔つきに似ていることからウマズラハギと命名された近縁種がいるが、その対象がなんともおもしろい)。

   

一方違った観点からつけられた牛にちなむ名前として次のものが見られた。それらは、cowfishと呼ばれるハコフグの仲間のコンゴウフグ、oxeye heringと名づけられたカライワシ目のイセゴィ、oxeye cloryと称せられるマトウダイの仲間、oxeye scadの呼称を持つアジ科メアジ属の一種などである(図3)。
 日本でも諸外国でも、牛の大きさや逞しさに関連した名や牛のいろいろな部分に由来する名がつけられているのか普通である。牛の眼や角に関する名前は、諸外国ではつけられているのに、我国ではそう言う命名はなかった。我国の人々の方が魚に接する機会が多かったと思われるのに、牛のそうした細部の部分名称がつけられなかったのは、諸外国の人々の方が牛と言う家畜に親しむ機会がより多
くて牛をよりよく観察していたせいかと考えられる。それは狩猟畜産国家と漁業農産国家との違いと言うこともできよう。
 以上は全て標準和名や標準的な英名の話である。ついでに日本語には極めて豊富な魚の方言があるので、方言の林にも足を踏み入れてみた。
 そこでウシのつく数々の魚名に出会ったが、与えられた紙数の関係もあって、ここではとくに興味深いものを二、三挙げるにとどめておく。それらは、沖縄方言のウシシビ(=クロマグロ)、山形県鶴岡で使われているウシズラ(=カワ
ハギ)、福井県小浜でのウシノベロ(=アカシタビラメ)などである(図4)。
 経済不況から脱しきれず、政情不安が続く昨今の世情では、“こって牛”のごとく一歩一歩着実に歩を進める以外に不況脱出の得策はないように思われる。二十世紀を後三年残すだけとなった一九九七年丑年の冒頭に、皆様の今後の御健康と御健闘を願って筆を置く。

 (1997年「京漁連だより」89、1月号に掲載より。)

(NEXT-under construction)

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