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 味探検  食単随筆 

Notes東海道B-生麦魚河岸通り―その2― 010801

シャコ足の爪肉の話

 シャコといえば、例えは悪いがゾウリムシを大きくしたような、5、6センチ程度の薄紫色の寿司ネタであることぐらい誰でも知っている。すし屋では、このネタをガレージなどというところもあり、江戸前の寿司ネタとしては欠かせないにもかかわらず、海中の掃除屋などとあんまり上等な表現で語られることは少ない。それにもまして、このシャコ、海の中にすむ姿がどんな形をしているか、意外に知らない人が多いのではないだろうか。

シャコはどんな姿をしているの?

 漢字では、蝦蛄と書く。甲殻類の仲間でシャコ類。関西以西ではエビジャコと呼んだりする。東京湾内の低質が砂地から泥状の場所にけっこう深い穴を掘って暮らす。寿司ネタは6センチ前後だが、生きているシャコは、鋭いカマキリの鎌のような捕脚を折りたたんだ状態で頭の先から尾まで15センチぐらいはある。中国の古書には「格好はムカデのようで尻尾は僧帽のごとし。青竜蝦ともいう」(和漢三才図会)とあり、まだ実物を見たことのない方は図鑑で確認していただくか、想像力をたくましくしていただきたい。

 シャコという水棲動物は、けっこう汚染に強かったり、魚貝の死骸を食べて成長するなどからヘドロ好き動物は汚いと、誤解されることの多い生物だが、水族館で見たりや、水槽に入れて飼ってみると、尾や手足の部分にかけて青紫いろをした美しい斑紋がみられ、クルマエビにひけを取らない美形であることを納得するはず。

江戸前シャコは横浜金沢区の小柴で水揚げ

 現在東京湾内でシャコを漁獲している地区は、横浜市金沢区の八景島に漁港がある横浜漁協柴支所の漁業者の方々と、千葉県富津の漁業者の二個所のみだが、やはり中心は柴であり、漁法は底引き網で漁獲される。

 シャコは漁獲されて、港に戻ってくると奥さんや家族が小形トラックで迎えに来ていて、船上で他の有用魚貝と選別され、ポリバケツいっぱいになったシャコを車に積み、すぐ家に併設された加工場に運ばれ、大きな鉄釜で塩茹でされる。茹であがったシャコを、こんどは家族総出で、全長15センチの内の10センチぐらいの胴体の部分にはさみを入れて、寿司ネタとなるあの6センチぐらいのシャコを引き剥がすようにして取りだし、大きさごとに、選別され20匹とかいってい単位ごとにトレーに入れて冷蔵保蔵され、その日あるいは翌早朝に築地卸売り市場や横浜卸売市場に出荷される。

 漁獲から水揚げ、加工から出荷まで、一連の作業をスピーディーにやり遂げるのが高品質シャコ生産のかぎとなるだけに、一家挙げての仕事が毎日続く。

神奈川子安浜の加工技術が小柴に引き継がれる

 ここ小柴地区は、もともとがシャコの主要水揚げ地ではない。1970年代初めまでは、金沢文庫から金沢八景沿岸は、東京湾最後に残された遠浅のノリ漁場であった。なかでも、小柴地区は、金沢文庫から海沿いの小山に隔てられ、一方は米軍の油槽基地でヘだれられた約200戸が密集する純漁業集落であり、海苔養殖の専業地区だった。そこへ、横浜市飛鳥田市政最後の大仕事といわれた金沢八景沖の埋立計画が漁民たちの前につきつけられた。周辺の都市化された兼業漁村地帯が埋立計画に賛成の意思表示をおこない、絶対反対の小柴地区はだんだんと孤立化していき、最終的に、漁業を続けていける環境を整備し、漁業専業地区として生き残れる道を市側から引きだし、埋め立て計画に合意したのである。

 こうして、70年代後半から小柴地区は、ノリ養殖漁業を止めてオカにあがることなく、ほとんどすべての漁業者たちが、底引き網漁業や刺し網漁業の漁船漁業に転業して東京湾内で最大の純漁業地区として現在に至っている。

 ノリ養殖から漁船漁業に転換することは、ただ漁業のやり方をかえればいいということではない。もともと、ノリ養殖の場合、10月から4月までの半年間の仕事。夏場は漁船漁業を行ってきたので、漁船漁業専業化は他産業への転業ほどの難しさはなかったが、専業漁船や加工設備、加工機械の投資を伴い、操業もグループ化や、休漁日の設定など資源管理までも考慮に入れた全国でも例を見ないほどの画期的な地区一体となった一大転換策だった。

 このときに、生きたのが、シャコの加工技術の移転だった。東京湾でもシャコといえば子安浜、といわれたぐらいシャコとり船としては名が知られていたのが、横浜と鶴見のちょうど間に位置した子安浜地区だった。すでに、1950年代に京浜工業地帯造成とともに漁場を失ったときに、子安浜漁業者の加工のノウハウがそっくりと小柴に移転していたのである。それ以来、江戸前シャコは小柴の専売特許のようにいわれるようになった。このときの加工技術をもとに築き上げられた、小柴ブランドが、海苔養殖廃業後の「新しき漁村」づくりに大きな役割を果たしたということになるのである。

 東京都内の漁業権全面放棄(1962年)以来70年代にかけて川ア・横浜、千葉側内湾の漁業は終焉を迎えた。その意味で、神奈川における、江戸前の漁師の家に受け継がれた江戸前の魚の加工技術は、内湾最後の漁村であった小柴に残されることになった。

シャコのツメ肉とはなにか?

 シャコの加工がその一つであり、その服産物として、シャコの足のツメ肉加工がある。

 シャコの足のツメ肉とはそもそもなにか。獲物を捕らえる釜のような前足(捕脚)の2センチほどの殻のなかの肉のことである。カニのツメならそれ相当の大きさだから食用部分をとりだしても採算があうのは理解できるが、シャコのこの小さなツメ肉だけを取り出す作業を考えただけでも気が遠くなりそうだ。

 もともと、子安浜の漁師が獲ってきたシャコを茹でて、寿司ネタ用に本体は加工して、出荷してしまうために、残った殻の中で、つめの可食部分を取り出して家族のおかずや、酒のつまみに食べていたのがはじめらしい。それが、生麦市場に買いつけにきたお寿司屋さんの耳に「メズラシイものがある」と口にしたことがきっかけになって、少量の商品化がされるようになったという話を、生麦の天ぷら屋さん天金のおやじさんから聞いた。

 とにかく、1匹から小さなツメ肉が2つしか取れないわけだから、取り出すだけでも相当の手間がかかる。いまでは、シャコのツメ肉をトレーにして加工しているのは、小柴でも2、3軒だけというから、貴重な珍味にちがいはない。

 味探検の取材をはじめるときに、江東区の越中島にある船宿のご主人で、江戸前の魚をおいしく食べさせる店や、味に詳しい内田さんから、お寿司屋さんでも、このシャコのツメ肉を出す店は少なく、おいしいよといって、深川の「寿司金」というお寿司屋さんを紹介されたことがある。それ以来気になってしょうがない味だった。

――「寿司金」には女房は行ったことがあるというのだが、ぼくは今だ未探検。近々是非訪ねたいと思っている。――

生麦の天ぷら屋さんで念願のツメ肉と遭遇

 それが、生麦市場では手に入るというので、国道駅ガード下をでた市場入口にある天ぷら屋さん天金で聞いたら、ご主人の三橋忠司さんは「取材のときまでに用意しておきましょう」といってくれた。

 数日後に出かけると、うれしいことに「メニューとして出しましょう」といってくれて、味探検72回「天金」で紹介した「シャコの爪みぞれあえ」となったのである。カニ肉のような薄い赤い色をしたツブを、キュウリと大根おろしの酢のものにしてその上に、こんもりとのせ、スダチとワサビを添えた小鉢だった。念願かなって、一粒一粒口に入れていたら、「味というのは食べたときの触感を楽しみ、視覚で楽しみ、全体の融合した味を楽しむ」と、酢のものとして一緒に食べると、ツメの触感が引き立っておいしいと教えてくれた。この他、親子どんぶりふうに卵で閉じてご飯にのせて食べるのもおいしいという。

 カニ肉のようなカニの味というはっきりとした味があるわけではないが、シャコの味よりも、むしろもっと淡白な味がした。みぞれ和えという酸味とマッチしてとてもおいしかった。なによりもこれが、あの小さなツメから一つ一つ「精と根で」取り出していく漁師の奥さんたちの手作業の苦労がしのばれて、貴重な味を体験できたことがことさらにうれしかった。

 それから、3年ほどして、神田明神下の「助六」という赤提灯の店にふらりと立ち寄ったら、「シャコのツメ」がメニューで出ていた。この店は、カウンターで5人も入ればいっぱいになるような店だったが、白身のお刺身がとてもおいしく、神田っ子のきっぷのよさが売り物のいい店だった。

――シャコつめ肉が定番メニューになっている店を大塚駅前で、またまた見つけた。「江戸一」という居酒屋。いいネタを使って安くてうまい知る人ぞ知るこの名店に、これがあった。続けて同じ大塚の「末広寿司」(安心価格でマグロもいいネタを使っている)でもこの話をしたら、ありますよと、小鉢にもって目の前に出てきた。ぼくが知らないだけで、けっこう出回っているのがよくわかった。ーー

 今年になってから、東京湾のシャコ漁の水揚げが減少しているという。寿司ネタのシャコ自体が品薄なんだから、ツメなんかはもう望むべくもないかもしれない。幻の味になってしまうのだろうか。 

―M.N―

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