列島雑魚譚 zackology essay 09<Notes>


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兵庫陸水生物,42:5―12(1992)

 

小笠原諸島父島で得られたヨシノボリの1種

―オガサワラヨシノボリ(新称)  (予報)―

 

鈴木寿之 兵庫県立尼崎北高等学校

Copyright 2003〜2004,Toshiyuki Suzuki             

 

 日本産のヨシノボリは、主として色斑の相違から10以上の型に分けられていた(水野,1987)が、水野ほか(1989)によりシマヨシノボリ、クロヨシノボリ、オオヨシノボリ、ヒラヨシノボリ、ルリヨシノボリ、トウヨシノボリ、アヤヨシノボリ、キバラヨシノボリ、アオバラヨシノボリの9種類に整理された。
 小笠原諸島のヨシノボリ類については、林(1971)が母島からヨシノボリを報告しいるがいずれの種になるか不明である。父島からは、座間・藤田(1977)がクロヨシノボリに当たる黒色型を、菅野ほか(1980)、Kuwamura et al.(1983)、佐藤(1991)が種名不詳のヨシノボリをそれぞれ報告している。また、渡辺(1991)は小笠原産ヨシノボリ不明型として雌雄のカラー写真のみを公表している。
 著者は1992年7月下旬から8月上旬にかけて小笠原諸島父島の沿岸および陸水域魚類相調査を行った際に、淡水域より渡辺(1991)の小笠原産ヨシノボリ不明型と思われるヨシノボリのみを多数、観察・確認した。このヨシノボリは色斑において上記種のヨシノボリとは明らかに違っており、日本に分布する新たな種類と考えられた。渡辺(1991)はこのヨシノボリについてカラー写真を公表しただけで、特徴について記述は一切していない。そこで本報では、新称―オガサワラヨシノボリRhinogobius sp.BT(Bonin Island type)を与え、その特徴について報告する。
 稿を進めるにあたり、調査に御協力頂いた東京都小笠原村の森田康弘氏、有益な情報を与えられた小笠原海洋センターの方々、有益な助言と本研究を薦めて頂いた愛媛大学水野信彦教授に深謝する。

 数的形質、全長、卵径

背鰭6棘―1棘8〜9軟条、臀鰭1棘7〜9軟条、胸鰭18〜20軟条、縦列鱗数32〜33枚、横列鱗数10〜12枚、背鰭前方鱗数10〜12枚(以上の調査個体数10尾)、体長31.9〜62.2mm、全長38.4〜76.9mm、(以上の調査個体数20尾)、卵の長径1.86〜2.4mm(平均2.19mm)、短径0.66〜0.75mm(平均0.72mm)(以上の調査卵数30個)。
 ヨシノボリ類の数的形質については、平均値は有意に相違しても変異幅は大きく重なる(水野、1981)ことから、全国各地でヨシノボリ類の分布調査が行われているにもかわらず、これらの特徴についてヨシノボリ1種としてまとめたものはあっても、各種ごとの報告は殆ど見られない。そのため他種との詳しい比較が不可能であるが、胸鰭条数についてはわずかに報告があり、中卵を生む種類では16〜20軟条、小卵を生む他の両側回遊性の種類では18〜22軟条である(岩田、1981)。オガサワラヨシノボリは後述するように小卵を生み、その胸鰭条数は18〜20軟条で、両側回遊性の種類の値に含まれる。
 全長はルリヨシノボリとオオヨシノボリが最も大きく10cmに達し、他種は大きくても8cmまでである(水野、1981;水野ほか、1989)。オガサワラヨシノボリでは、なるべく大きなものを狙って調査した結果が最大全長76.9mmの個体であり、目視観察においてもそれより極端に大きいものは見られなかったことから、大きさにおいてはルリヨシノボリとオオヨシノボリ以外の種類、特にクロヨシノボリに似る。
 卵径についても、ヨシノボリ1種としてまとめたものはあっても、各種ごとの報告は殆ど見られない。しかし、小卵のものでその長径と短径は1.8〜3.0mm、0.6〜0.9mm、中卵のもので3.2〜3.4mm、1.3〜1.4mmであることが知られている(宮地ほか、1976)。従って、オガサワラヨシノボリは卵径から小卵を生む両側回遊性の種類と考えられる。

 斑紋(図1〜4)

 

図1.オガサワラヨシノボリ(雌、体長約50mm)

図2.オガサワラヨシノボリ(雌)の模式図.

カッコ内には類似した特長を持つヨシノボリ類の種名を示した。

 

図3.オガサワラヨシノボリの斑紋変化.

左は雌、右は雄、A・Bは胸鰭を省略

図4.ヨシノボリ類6種の斑紋の模式図.

1:アヤヨシノボリ,  2:シマヨシノボリ,  3:クロヨシノボリ

4:オガサワラヨシノボリ,5:オオヨシノボリ,6:ルリヨシノボリ

 図3は飼育下のオガサワラヨシノボリ数尾をもとに斑紋変化を模式的に示したものである。左が雌、右が雄を示し、上段は脇腹が見えるように胸鰭を除いて描いた。ヨシノボリの色斑は個体変異はもちろん、生時には誇示・闘争・逃避などの動きにともなって変化する(水野、1976)。飼育下のオガサワラヨシノボリでも変化が見られたが、1個体で飼育し非常に安定した状態の時には図3―C・Dの斑紋を、数尾で飼育し闘争・逃避の際あるいは求愛の際には全体が黒ずむ図3―E・Fの斑紋を、興奮・驚き・発情の際には斑紋が顕著に表れる図3―A・Bの斑紋をそれぞれ示した。ヨシノボリ類の斑紋の比較には、雌の斑紋を使用するほうが容易で一般的である。そのため、図2には雌の安定した状態の斑紋を示し、図4にはそれを他のヨシノボリ類5種の雌と並列させた。
 オガサワラヨシノボリの斑紋の特徴はクロヨシノボリに多くの点で類似するが、クロヨシノボリと全く違った特徴もあわせ持つことである。すなわち、(やや太いが)体側中央の縦列斑や尾鰭中央の横縞、(後半部に限られるが)頬の小朱点、黄白色の腹部などはクロヨシノボリに似る。しかし、(瞳大で小さいが)胸鰭基部の黒色斑はオオヨシノボリに、尾柄末端の斑紋は太い八の字状でルリヨシノボリに、後頭部側面の縦線ははっきりしていてヒラヨシノボリにそれぞれ類似している。また、体の背側に小黒点が全くなくクロヨシノボリとは異なっている。さらに、雄では体の背側に横斑を持ち、雌雄ともに発情すると脇腹の皮下が青色を呈するようになる。また、求愛を開始した雄の頬前半部にはオオヨシノボリに見られるような三角の明瞭な白色斑が出現する。
 座間・藤田(1977)はクロヨシノボリに当たる黒色型を父島から報告しているが、著者の調査では父島にはオガサワラヨシノボリただ1種しか見られず、オガサワラヨシノボリを斑紋のよく似たクロヨシノボリに誤同定したものと考えられる。従って父島にはオガサワラヨシノボリしか生息しておらず、他種間の雑種である可能性はない。

 調査・生息状況

図5.調査水系と観察地点

 図5には、調査を実施した7河川を示した。このうち、河川2(流程500m、標高15m)は3面護岸が施された街中を流れる溝で、渇水のためにドブ化しておりカワスズメが見られるのみであった。河川5(流程1km、標高35m)は荒れた沢で、水はチョロチョロと流れる程度で顔をつける水溜りもなく、河口でヨシノボリ類(恐らくオガサワラヨシノボリ)の稚魚、カダヤシ、ボラを確認したのみであった。他の5河川では成魚がみられたが、河川1(流程400m、標高30m)と河川7(流程2km、標高40m)ではそれぞれ2尾と1尾しか確認できなかった。河川1では河川2とほぼ同じ状態を示し、河川7では河川は自然状態であるが渇水のため流れが殆どなく魚が生息できない状態であった。オガサワラヨシノボリが最も多く観察できたのは、父島で最も大きい八瀬川(河川6:流程2.5Km、標高100m)で、上流3地点では流れもあり、かなりの高密度で、かつ大型のものも生息していた。オガサワラヨシノボリが多数見られた3河川(3・4・6)では、上流域が残っており、いずれもその淵で観察された。淵の中央や淵尻は殆ど流れがなく、そのため少しでも流れのある淵頭に多く見られた。
 以上のような調査・生息状況からオガサワラヨシノボリは、極小河川に集中し上流域の淵に多いクロヨシノボリ(水野ほか、1989)に生態的に酷似している。

 ヨシノボリ類他種の分布に関する考察

 ここでは、小笠原諸島父島に日本本土や琉球列島に見られる他のヨシノボリ9種がいずれも分布しないわけについて考えてみたい。最初に結論の1つを言ってしまうと、クロヨシノボリ以外の8種類に対して共通する原因は、足摺岬周辺の極小河川においてクロヨシノボリが相互作用によって競争的に他種を排除した(水野・大北、1982)のと同様に、オガサワラヨシノボリも極小河川に高密度に生息し他種を競争的に排除したためと考えられる。しかし、父島にはオガサワラヨシノボリが低密度あるいは殆ど見られない河川も存在するので、個々の種類について検討してみよう。なお、クロヨシノボリについては後で考察する。

 それに先立って、父島の河川環境について触れておく必要がある。魚類の分布には種間の相互作用もさる事ながら、河川環境も大きく影響する。父島の年間降水量は1255mmで、東京より少なく、ほぼ同緯度の沖縄県那覇の約60%しかない。特に7・8月は那覇の約35%で、真夏の亜熱帯の盛んな蒸発力を考慮すると植物の生育を制限するほどである(本間1992)。従って、高温期の2ヵ月にわたって河川は最大の渇水状態にさらされることになる。父島は面積24kuで沖縄島の1/50程度の小島で、南北に標高200〜300mの山が脊梁山地を作っているが、西側斜面に一部平坦地も見られる。従って、河川は、平坦地が見られるものでも最大流程2.5Km、多くは1Km以下の極小河川で、河川形態は平坦地ではBb型もしくはBb-Bc移行型を示すものの、大部分はAa型である。以上を総合すると、父島の河川は極小で、非常に水が乏しく、大部分は上流域を呈していると言える。しかも、僅かなBb型もしくはBb-Bc移行型の部分も、3面護岸や汽水域、自然状態の淡水域であっても夏には高温で流れも水深も殆どない状態で、ヨシノボリ類はもちろん淡水魚の生息には不適当な環境である。このような父島の河川環境と先程の相互関係を考慮した上で、個々の種類について検討してみよう。
 ヒラヨシノボリ、アヤヨシノボリ、キバラヨシノボリ、アオバラヨシノボリの各種は琉球列島固有のもので、分布しないのが当然かもしれない。しかし、両地域の年平均気温がほぼ同じであること(本間1992)、小笠原の沿岸魚の多くが琉球列島と共通の種である(佐藤、1991)ことから、たとえ分布の可能性があったとしても、ヒラヨシノボリの場合は、彼らが好む比較的大きい河川も急流部も(水野ほか、1989)、父島には存在せず生息できる可能性はない。アヤヨシノボリの場合は、シマヨシノボリより下流に偏って生息する(岩田、1981;水野ほか、1989)ことから、父島には後述するようにシマヨシノボリさえ生息する環境がなく生息は不可能である。キバラヨシノボリとアオバラヨシノボリの場合は、河川上流域の淵にすむ(水野ほか、1989)ことから生息場所に関しては分布できる可能性はあるが、先にのべた相互作用によって競争的に排除されるものと考えられる。
 次に、日本本土に生息するシマヨシノボリ、オオヨシノボリ、ルリヨシノボリ、トウヨシノボリについて考えてみたい。小笠原諸島は本州中部から南下する黒潮反流の影響を受け、本州中部に普通な沿岸魚も少なからず見られる(菅野ほか、1980)。従って、ヨシノボリ類に関しても四国南岸や紀伊半島に生息する前3種(水野、1976;玉田・山本1987、1988)は分布していてもおかしくはない。特に、シマヨシノボリは北は青森県から南は西表島まで分布しており、分布しないほうが不思議である。シマヨシノボリは河川の大小を問わず中流域を中心に生息し、特に平瀬に多く見られるが、ヨシノボリ他種との共存河川では相互作用により下流側に偏って分布する(水野ほか、1979;水野ほか、1989)。しかし、父島には前述したように平瀬が殆どなく生息は困難である。オオヨシノボリは中流域から上流域にかけての早瀬から淵頭の急流部を好み、共存するヨシノボリ類がいる場合には相互作用によって大河川に分布する(水野ほか、1979:水野ほか、1989)。父島には大河川も、急流部もなく、生息は不可能である。ルリヨシノボリはオオヨシノボリと同様な所を好むが、瀬のない極小河川を除き小河川にも分布する(水野ほか、1979:水野ほか、1989)。父島には瀬、ましてや早瀬は全くなく、分布は不可能である。一方、トウヨシノボリは、これまでのいくつかの型を統合したもので、斑紋にしても生息場所にしても多くの変異を含んでいるが、地理的分布から見て日本産のヨシノボリ類の中では最も温水性の弱い種類である(水野ほか、1982;水野ほか、1989)。従って、亜熱帯の小笠原には分布できず、また、適当な生息場所も存在しない。

 クロヨシノボリとの関係についての考察

 最後にクロヨシノボリが分布しない理由について考えてみたい。クロヨシノボリは日本海側でも太平洋岸でも海岸線の突出部、すなわち高塩分・高水温の地域の極小流入河川に分布し、上流域の淵に多く生息する(水野ほか、1979:水野ほか、1989)。
 父島の極小河川の淵にはオガサワラヨシノボリが多数生息し、その生息状態はクロヨシノボリに酷似することはすでに述べた通りである。すなわち、生息地の面からみれば生態的同位の関係にあると考えられる。日本本土ではクロヨシノボリと生態的同位の関係にはカワヨシノボリがあるが、両種の共存河川はこれまで発見されていない(水野ほか、1979)。小笠原では共存河川どころかクロヨシノボリ自体生息せず、そっくりオガサワラヨシノボリに入れ代わっている。オガサワラヨシノボリはさらに大きさや斑紋においてクロヨシノボリに非常によく類似しており、両者は亜種の関係と考えられなくもない。しかし、斑紋が幾つかの点で異なり、また、産卵行動の観察から、クロヨシノボリの求愛行動は雌が積極的である(水野ほか、1989)のに対して、オガサワラヨシノボリは雄が積極的である等の違いが見つかっている。斑紋の違いや求愛行動の相違は配偶者選択の際に生殖的隔離が成立している可能性があり、別種の可能性が強い。この点については今後、アイソザイム分析やクロヨシノボリとの配偶者選択実験によってさらに明らかにしていきたい。

 引用文献

○林 公義,1971.小笠原諸島・母島の魚類.横須賀市博物館雑報,(16):23-25.
○本間 暁,1992.小笠原の自然への招待,(2)個性豊かな島々,(3)海洋性の亜熱帯気候.in 小笠原自然環境研究会編.フィールドガイド「小笠原の自然―東洋のガラパゴス」.古今書店,東京,pp.9-17.
○岩田明久.1981.南西諸島から得られた興味あるヨシノボリの1型-モザイク型-について.淡水魚(7):18-21.
○Kuwamura,T.,R.Fukao,T.Nakabo,M.Nishida,○T.Yanagisawa&Y.Yanagisawa.1983.Inshore fishes of the Ogasawara(Bonin)Islands,Japan.Galaxea,2:83-94.
○宮地伝三郎・川郡部浩哉・水野信彦.1976.原色日本淡水魚類図鑑.全改訂新版.保育社,大阪,462pp.
○水野信彦,1976.ヨシノボリの研究V 四国と九州での4型の分布.生理生態,17:373-381.
○水野信彦,1981.ヨシノボリ学入門.淡水魚,(7):7-13.
○水野信彦,1987.ヨシノボリ類. in 水野信彦・後藤晃編.日本の淡水魚類 その分布,変異,種分化をめぐって.東海大学出版会,東京,pp.179-188.
○水野信彦・上原伸一・牧倫郎,1979.ヨシノボリの研究W.4型共存河川でのすみわけ.日生態会誌,29:137-147.
○水野信彦・大北祐治.1982.ヨシノボリの研究X.4型の地理的分布と相互作用.淡水魚,(8):27-39.
○水野信彦・向井正夫・後藤晃・濱田啓吉.1982.北海道の淡水魚に関する研究―U.ヨシノボリ2型の分布.北大水産彙報,33(3):115-125.
○水野信彦・岩田明久・越川敏樹・辻幸一・鈴木寿之.1989.ヨシノボリ属.in 川郡部浩哉・水野信彦編・監修.日本の淡水魚.山と渓谷社,東京,pp.584-603.
○佐藤寅夫.1991.小笠原諸島の沿岸性魚類相の現状.第二次小笠原諸島自然環境現状調査報告書1990-1991,309-326.東京都立大学.
○菅野徹・倉田洋二・柳沢富男.1980.小笠原諸島の魚類相概要.小笠原諸島自然環境現状調査報告書(1),119-155.東京都公害局.
○玉田一晃・山本二郎.1987.紀伊半島南部におけるヨシノボリ4型およびカワヨシノボリの分布.南紀生物,29(1):15-20.
○玉田一晃・山本二郎.1988.紀伊半島南部におけるヨシノボリ4型およびカワヨシノボリの分布―U.南紀生物,30(2):109-114.
○渡辺昌和.1991.珍しいハゼ科魚類.淡水魚保護,(4):口絵・カラ-写真.
○座間 彰・藤田 清.1977.小笠原諸島産魚類目録.J.Tokyo Univ.Fish.,63(2):87-138.

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