ブログ版[季刊里海]通信

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里海と里山について(1)

波平さんのコメントに答えて(その1)

いつもながらの波平さんと交わすMLのように返信を書いていたら長くなったので投稿欄に記します。

(1)第1号コメント(10月14日)が波平さんというのは、とても光栄です。「里海」(さとうみ)が、「里山」と同じように「市民」の多くの人たちに「認知」(とおりがよくなる)されるようになるかどうかは、波平さんを「怒」らせる「オラガ港」の感覚、それも海の男、波平さんすら「追い出そうとする」ヨソモノ排除のガンコで画一的な感覚にどう風穴を開けていくのか、ということにかかっているのだということなのですね。

(2)そういうつもりで「里海」を考えていこうと思います。

(3)しかし、現実の海の世界は、そんな都合のよいようには動いてくれません。「開けていく」というよりどうしたら「開くのか」という表現の方が適切でしょう。

(4)それよりも、課題の提起・探求の「か!」ではなく、「オラガ港」の排他感覚は、いったい「開くのだろうか」という諦めの疑問符つき「か?」になる場合の方が、きっと大勢を占めているのでしょう。

(5)「オラガ港」の排他性が、「地域」の秩序を安定させることのできた、ちょっと前の時代までなら、功罪相殺して、ヨソモノの海の利用者も「まあ一宿一飯の情」をうけて「しょうがないなあ」と思う程度で、なんとかバランスがとれていたのだと思いますが、これは、現代、通用しなくなりつつあるのも確かでしょう。

(6)どのように、現代通用しなくなっているのかということの「意見」(事実)をできるだけたくさん集めて本(雑誌)の形で、アナログ的に「理由」と「解決」の事例を整理をしてみたいと考えました。それが、[季刊里海]創刊の一つの理由です。


 

里海と里山について(2)

波平さんのコメントに答えて(その2)

(7)これまでは、ヨソモノを排除しようとする地域の人々(主に漁師です)と、海をもっと広く∞自由に@用したい地域外からアクセスしてくる人々とのトラブルに対しては、お役所的な「調整」という考え方(「調整行政」という言葉もあります)で対応してきたのが問題を解決させるための主な手法であったのです。
(8)しかし、こんな根本の問題解決の先送りの方法では、解決できない時代になりました。
(9)現実には、「海は誰のものでもないのだから、漁師に迷惑をかけないように海で遊ぶだけにすぎない自分を、出て行けと排除するのはおかしい」と裁判所に訴えれば、「オラガ港」「オラガ海」の先住者たちが「負ける」判例もでてきたのです。
(10)たしかに、どちらが正しく、どちらがまちがっているという、ケンリの言い合いによって、「勝ち」「負け」を論じながら、結果的な「判決」の何勝何敗で、どちらかの「言い分」が法律的にも「優勢」として軍配を上げ「勝ち組」をきめるような解決の仕方もないわけではありません。「民主」国家ですから、このようなシロクロはっきりさせることもできますし、また必要だとおもいます。
(11)こういう事例も、[季刊里海]でわかりやすく紹介していきたいと思います。
(12)しかし、最近になって「シロクロ」の付け方は、どちらかが「勝ち組」になる法律(実定法規)的に正当な「言い分」かをより分けていく方法ではない、もう一つのシロクロの付け方があるのではないかと思うようになりました。


 

里海と里山について(3)

波平さんのコメントに答えて(その3)

13)波平さんがコメントの中でお名前をあげた、内山節(うちやま・たかし)さんは、わたしも尊敬してやまない方です。思い出すのは、内山さんの本で、はじめて読んだ『山里の釣りから』(1980年・日本経済評論社)のなかで、「現在、各地における川の荒廃は眼をおおわんばかりであるが、それは川が労働の対象ではなくなったからである。」と気持ち良くズバリ言い切っていたことでした。そうだよ、大切なのは「労働」なんだよ、と強く頭に残りました。

14)そのフレーズのあとで、「川の思想には私は水の思想と流れの思想があると思う」と書きます。この本以降でも終始一貫して内山氏が批判を続けてきた、「川の思想を水の思想に一元化していく発想」の「水の思想」とは何でしょうか。

15)近代日本が、「便利(利便)さ」という一元的な「利用目的」の選択肢を絞り込んでいくことで、「川の(流れの)思想」を死滅させたというのです。ものすごく簡潔にいえば、「水の思想」とは「水の(便利さをもとめた利用)の思想」ということでしょう。

16)つまり、川は、流れであることによって生命体をはぐくみ川漁(猟=広い意味では川遊びも含まれます)という労働の対象であり続けてきたのです。ところが、近代以降「川の流れの思想」をやめて、便利に利用するための、例えば用水や水害防災等々という「用途」に置き換えてきたことが、川の荒廃そして死滅につながったというわけです。

17)これは、近代の日本が、そして日本人が選んできた道であったわけです。この歩んできた道を、いまさら、良いの悪いのといっても後戻りはもうできません。内山さんは現在に到るまで、こうした人間と「自然と労働」のかかわり、方法についてのテーマを追い求めて、その結果として、荒廃そして死滅につなげてしまった川や山や森を、すこしでも「労働の対象」に組み戻すことが、現代のマチやムラに生きる人々にとって、近代から現代たどってきた道を省みたうえで、現在、そしてこれから選ぶ道なのではないか、ということを語り続けてきたのだと思っています。


 

里海と里山について(4)

波平さんのコメントに答えて(その4)

18)私は、その3の(17)のフレーズにある現代、選択している「自然と人間」「自然と労働」の方法のひとつの表現が「里山」を現代に位置づけている意義なのだろうと考えています。内山さんは、「里山」という言葉を著書のなかで(あまり)使ってはいません(おそらくですが……)。そのことはあまり重要ではないのですが、内山さんのいう「山里」を構成する自然と人間とのかかわりから「労働」(いわゆる内山さんがいう、働くことや暮らすことや遊ぶことなどなどを含めた広義の労働)が成立する場に組み戻していく手法を考え、実践していくことを「里山」運動と呼ぶことができるでしょう。あるいは、「里山を考える」ということなのだと思います。

19)この「自然と労働」についての内山さんの思想に感銘を受けました。当時から海の利用と漁業者の役割を考える時に、「海の入会権としての漁業権」のことを、もっと市民社会でも理解できるわかりやすい表現に置き換えようと考えてきた私にとっては「海という自然と労働」の思想的な位置づけは、とても大切な考え方と心に残ることとなりました。『海の「守り人」論』の提案をへて、森や川と同じように「疲弊し死滅」し変貌しつつある「海」(沿海域・沿岸域。「浜」であり「地先」の海)に「労働」が成立するための仕組みを変えていく、あるいは「組み戻し」を考え、実験し、そして地域のシステムに取り入れていく行動を、「里海」運動として位置づけてみようと思いました。

20)この場合の「労働」とは、前にも書きましたが、漁業や養殖業という「漁業法」や「水産業協同組合法」に規定されている「営業」や「事業」を指す労働を、いま仮に「狭義の労働」(漁業)とするなら、ワクをもっと広げて「海という自然域を活かしながら地域の人々が暮らしを続けていけるいろいろな営み」を考えたときの「広義の労働」を指しています。

21)現代の海は、漁業という狭義の「労働」をも成立させる姿とはとても言える状態ではなくなってきています。ましてや、内山さんが「死滅」という言葉を用いたものに近づいているといっても言い過ぎではありません。だからこそ、従来の枠組みで成立してきた「漁業」という漁労の方法や性質やその生産を支えてきた漁協や漁村の「システム」に、もう一度、近代から現代に切り捨ててきたものに反省の眼を注ぎ、従来は漁業という狭義の労働の外側におかれてきた、非営利的な、あるいは生産行為をともなわない、その地域の人々の副業やオカズ確保程度の「採貝採藻」のような暮らしの労働や、市民の人々の「遊漁」(つり)や「ダイビング」や、遊漁をする人々を船に乗せて案内する遊漁船業などの「市民的利用」、あるいは「海の環境教育的な利用」までも「労働」の方法に取り入れて位置づけていくような、発想の切り替え(システムの組み戻し)が求められているのではないでしょうか。

22)資源を回復させ、そして漁業生産を増やし経営改善に結びつけるという方向が「漁業」あるいは「漁協」「漁村」がとるべき道というように、漁業者の選択肢のハバを狭義の漁業の枠の中に限定すればするほど、少なくなった資源をサバイバルで採りつくすような悲惨な結末を招くような気がしてなりません。

23)必要とあらば、地域全体の選択肢として、既存概念の「漁業」のかわりに、非生産的海面利用の手法による「稼ぎ」を考えるほうがサバイバルの近道であるかもしれません。ようするに、地域の特性を活かして地域のひとが「これをやってみたい」というときに、地域の人が試行錯誤のうえ選択し、実行できる緩やかな枠組みがあれば良いわけです。そして、それぞれの地域社会の人々が合意の上で作り上げられたルールを、地域外の人々も認めあっていくという「ローカルルール」づくりが、これからの地域に必要になってくるということだと思います。


 

里海と里山について(5)

波平さんのコメントに答えて(その5)

24)ようするに、こんなにも海を愛し、自らの命を賭してでも一人ぼっちで愛艇「はまちどり」を操り日本一周の海に遊び、海の男、海の人間の交流を求めている波平さんを、「オラガ港」に入れないで締め出すような、心の狭い「浜」の人間で構成する漁村・漁協では、荒廃し死滅が続く日本の海でサバイバルゲームには勝ち残りをはかれないのではないか、と思うのです。

25)それ以上に、これはたとえ話ですが、この、もっとも従来の漁業という生産の枠組みには入らない、命を削ってでも遊びのきままな釣りが好きで、海を愛し続けるこの自由老$lを、三顧の礼をもって組合長に迎えて漁協経営に手助けを求める(もっともこういう束縛がいやでオヤクショをやめられたのでしたね。だからたとえ話です)とか、このような愛すべき海好きな自由人を講師陣に迎えた「ニッポン海遊大学」を設立するとか、脱サラして5年間無償のボランティアで海の環境教育的活動にささげた人には、特別組合員枠で「漁業権」が持てるようになるとか、すくなくともこれまでの海の利用制度にほとんど手をつけることなく、漁業という狭義の労働行為の解釈のハバを緩やかに持たせ(手法はどうあれ)たり、非営利の環境教育的利用を漁業制度の中に位置づけるとか、いろいろアイデアは、そうした自然をこよなく愛す自由人としての遊びのプロの人たちからもたくさん学ぶことができるはずです。

26)「漁業」活性化という発想に、ほんのすこしだけの反省と智恵をかみ合わせることで、「海と労働」の場を管理する人々の集団を担い手として、沿海地域に暮らす人々を巻き込んだ新しい産業の位置づけができたらいいなあ、とそういう思いが「里海」の言葉に込められているのです。

27)私がはなすと、「漁業権」の市民的利用の位置づけを言外に込めながら語ることになったりで、いつもたいへんにしち面倒くさいモノになりますので、わたしのワカランチンの弁舌は、あんまり述べないように致します。こうした新しい枠組みの参考となりそうな「里海」運動と呼べる活動を始めているいろいろな人にスポットをあてて、読者に興味を持っていただけるような、いろいろな「里海」(や「里山」や川や森や水辺)の姿を提示していきたいと思います。

(「里海と里山について」の項―おわり)MANA

 

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