列島雑魚譚


 

zackology essay 03

 

 

ジュズコ釣り名人の佐藤東治さん

その2−宮城県塩釜

仙台雑煮と

カジカのジュズコ釣り

 

泥棒カツカのこと

 マハゼのことを宮城県の仙台周辺ではカジカと呼ぶ。正確には、「マハゼ」というハゼ科の一魚種名を特定してカジカと呼ぶ人もいるが、一般的にはこのあたりの人々は、ハゼの仲間を総称して、そう呼んでいるようだ。
 仙台のお正月というと、焼き干しにしたマハゼでダシをとり、一匹丸ごとおわんのなかに浮かべた「ハゼ雑煮」がある。私は、本や仙台在住の親戚から話を聞いているだけで、まだ賞味していないのだが、鰹節ダシとはまた違ったうまみが出て、とてもおいしいらしい。カジカの雑煮とは、あまりいわないそうだが、松島名物「焼き鰍」とか、「鰍の焼き干し」、とごく普通にいうそうだ。
 普通、カジカというと、渓流の石の下に潜んでいるカジカ科の魚や、北海道沖合いなど広い北の海に棲む、鍋にするとうまいカジカ科の魚のことを思い浮かべる人がほとんどにちがいない。
『森は海の恋人』(1994年刊)の著者・畠山重篤さんは、仙台のずっと北、岩手県境の唐桑でカキの養殖をしておられるが、この本の中で、子供時代のダボハゼやドンコといったハゼ科の「グロテスクな」小魚たちと遊んだ思い出を「泥棒カツカ」という文章にまとめている。餌をかたっぱしから奪っていくニックキ「カツカ」とは、カジカのことにちがいない。畠山さんは、「この地方では名もないような小魚を、カツカと呼んでいる」という。
 カジカ科やハゼ科の魚たちの地方方言を調べていくと、魚類の分類学上の枠組みにはとらわれない名前の使われ方がたくさんあることに気付く。仙台エリアのハゼとカジカの例だけでなく、ゴリ押しの語源となった「ゴリ」や、「ゴズ」は、チチブやヨシノボリ、ドンコなどのハゼ科の小魚と、カジカ科のカジカやカマキリなどの異種が共有して使用している名称である。これを、魚種名の混乱と片付けてしまったのでは味も素っ気もない。
 異種混同のまま、思いつくままに名前だけをあげてみると、
  イマル、ムコ、ドウマン、チチンコ、ウシヌスット、アラレガコ、ドブロク、ジンジャノマラ、スイツキ、イシブシ……
 生物学などまったく眼中にない、子供や魚好きの大人達が水遊びや生活食文化の中ではぐくんでいった愛すべきニックネームの数々にこそ、ザッコロジストが追い求める世界があるような気がしているのである。

なぜ「マハゼ」なのだろう

 江戸時代の方言をまとめた『物類称呼』という1776(安永4)年刊の本には、「杜父魚」の字をカジカに当てて、カジカの方言のひとつとして「マハゼ」をあげている。ハゼの方言がカジカであるというのは、常識人が陥りやすい中央志向の手前勝手な錯覚であるかもしれない。江戸で大型のハゼのことをすでに「マハゼ」というと記されている。
 この記載を見たとき、前に読んだことがある、内田恵太郎博士の『さかな異名抄』(1966年刊)に書かれていた、
「ハゼ類は日本に百数十種あって形も大きさも習性もちがう。ただハゼではどれを指すのかまぎらわしいから、本種の和名をマハゼときめた」
 という記載に、ふと?が浮かんだ。

 魚類学上の和名を決めたときに「マハゼ」ができあがって、それまでは、渋沢敬三の『日本魚名の研究』で発表した第一次魚名という分類法でいう「ハゼ」という呼称だけがあったと考えるのは、どうも早計のような気がしてきたのである。
 だいたい、ハゼはなぜ「ハゼ=鯊、沙魚」なのだろうか、いつごろからハゼとよばれるようになったのだろうか、などといらぬ方向に話がそれてしまった。「鯊名称考」については、またふれる機会があると思うので、本題のなんともユーモラスな、針を使わないでカジカを釣り上げるジュズコ釣りに話を戻そう。

ジュズコ釣り名人に会いに行く

 1995年10月。仙台に住む釣り好きの親戚の紹介で、塩釜のえびす屋釣具店を訪ねた。松島湾の釣りや漁師のことなら、この店のご主人・伊藤長栄さんに聞けといわれるだけあって、「ジュズコ釣り」の漁師さんから話を聞きたいという要望を、すぐ了解してもらった。
 伊藤さんから紹介していただき、会いに出かけたジュズコ釣り名人が、七ヶ浜町の佐藤東治さん(写真)であった。明治41年生まれで、今年で91才になる。70歳代まで海に出ていたが、さすがに取材時は漁師をやめてだいぶ経過していた。引退はしたとはいえ、ジュズコ釣りや、松島湾内の漁の話を始めるととまらない。現役時代に愛用したつり竿を持ち出してきて、竿の使い方、しかけの作り方を懇切丁寧に教えてくれた。
 ジュズコとは、「数珠子」と書く。佐藤名人は「ずずっこ」と発音するように、ズズコ釣りともいう。針の替わりに、ジュズコという仕掛けを使う。ゴカイ(アオイソメというそうだ)の細長い体に専用に作った針金の糸通しでクレモナの細糸を通す。8匹ほどのゴカイを通した25センチほどの糸を2本作り、こよりのように撚りを作って1本にし、それを真ん中から二つ折りにすると、自然に撚れて、4から5つ、1センチ強の太さのゴカイのコブができあがる。二つ折りにして、撚れてコブができる前のリングになった状態が数珠に似ていることからジュズコというようになったらしい。

●息子さんが作ったジュズコの仕掛けー名刺とノートの大きさと比べてみてください

 ハゼが、この餌のかたまりを飲み込むと、コブ状の突起が邪魔になって、そのままひきぬいてもバレない(はずれない)仕掛けだ。10回ほど釣り上げると、ゴカイの身が薄くなり、糸が透けてきたところで新しいジュズコと交換する。道糸は3号、5ヒロ(約8メートル)に、錘は、2から3匁(モンメ)=約10グラム前後を水深によって調節する。
 竿は、1.5〜2メートルの竹竿2本を、桐の柄に入れた切込み部分を噛ませて、片手で持つ。ジュズコ二丁釣りの格好を庭先で披露してもらった。


「ハゼとのだましあいだな。ズズッコが海底に着かず離れず、ふんわり、ふんわりと漂わせるように竿を持つ手首で加減する。水が澄んで底が見えるようなときは、ハゼの餌の追い方を観察する絶好の機会なんだ。葉の蔭に潜んでいたハゼが、スーとズズッコによってきてパクリ。引き上げ方は、水深2メートルぐらいの浅瀬ではスッポアゲというんだが、そのまま引き上げてもばれることはあんまりない。四メートルの深場になると、ただ引き上げたんでは、ハゼも餌を吐き出して逃げられてしまう。二本の竿のうち、かからなかった方の竿の先を、かかったほうの糸にかけて手元にさぐり寄せて、あとは、円を描くように、こうやって肩にかつぐようにして引き上げるという寸法さ。こいつがカツギアゲというひきぬき法で、これができるかできないかが釣果に出るんだな。」

 

佐藤東治さんは91歳となって耳が遠いぐらいで、かくしゃくとしていて、ジュズコの話をし始めるとじっとしていられなくなって庭に出て、現役時代の竿をとりだして,実演して見せてくれた。二丁釣りの極意を見た思いだった。右手に2本の竿を持つ姿は、老剣豪の構えを見るかのごとくリラックスしたものだった。 竿の柄の部分は、桐でできていて握りやすい太さに調整されている。二本の柄のかみ合う部分が、片手で自在に幅や上下動をしやすいように軽く握る。下側の柄の部分が斜めに半円形の切り込みが入っていて、上側の竿の柄がかみ合うようになっている。


 8月から水が冷たくなる10月いっぱいが漁期。佐藤家は、息子の啓一さんがジュズコ釣りを継いでいるほか、近在のハゼ釣り漁師さんが釣ってきた獲物の集配場所になっている。取材時も、数百匹の元気のいい20センチ強クラスの大型ハゼが生簀に放されていた。

松島湾でジュヅコ釣りで釣られたばかりの大きなマハゼ。佐藤家の庭にイケスが設置されていて、ここから築地市場に出荷される。

 

魚の催眠冷蔵輸送法とは?


 このハゼの出荷方法が、また変わっている。買い付け業者の赤間水産が導入しているマハゼの輸送方法は、庭の生簀から、サイズごとに選別して発砲スチロールにいれた木製のトレーにすのこを敷き、その上に生きたハゼをならべて、小型冷蔵車の中に格納した。なんと、水槽を使わず、すのこの上で、一定湿度を保つようにして冷蔵状態にすると、ハゼが眠った状態になるのだという。翌朝の築地入札時には、ハゼは生簀に戻されると、催眠状態がとかれて泳ぎ回るのだという。確かに、この冷蔵催眠輸送システムがあることを話には聞いていたが、目の当たりに見て、ビックリするやら感心するやら。
 松島湾沿岸だけの珍しい伝統漁法で釣り上げられたハゼが、超最新の輸送システムで販売される築地の入札価格は1キロあたり4000円。仙台でハモと呼ぶアナゴの天ぷらに、超高級のハゼの洗いを酢味噌で味わう。

 ザコにしては高級過ぎてザッコロジストとしては少々気がひけたのだが、文句無しにうまかった。(初出=「月刊アクアネット」1999.3)

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